三宅太鼓(東京都三宅島)



 三宅太鼓は、三宅島の神着地区に伝わる太鼓芸能で、「木遣太鼓」とも呼ばれている。毎年7月15日前後に行われる牛頭天皇祭で打たれる太鼓である。1820年に三宅島の島民3人が伊勢参りに行った際、帰りに寄った京都の祇園祭を見てこのリズムを島に持ち帰ったのが起源とされている。

 太鼓の打ち方は、地元では「打ち込み」と「神楽」の二種で、「木遣り」とは木遣歌のことを指す。「神楽」は、神輿の移動中に打たれる曲で、担がれて移動する太鼓と締め太鼓をひとりで交互に打つものである。「打ち込み」は神輿が揉んでいるときや盛り上がっている時に演奏される曲で、担いでいた太鼓を地面に横置きし、片面は「ダダン ダダン・・・」という裏打ち(=地打ち)のリズムに合わせて、反対の面で表打ち

「ツクドン ツクドン ツクドンドドン  ツクドン ツクドン ツクドンドドン  ドドンコドンドン  ステテコドンドン」

のリズムを延々と繰り返す。有名なのは上記のリズムを延々と繰り返すものだが、地元では「ツクドン ツクドン ツクドンドン」のリズムを2回→1回→2回→1回・・・と交互に繰り返し変化をつける場合がある。

 三宅太鼓の最大の特徴は、体の使い方や振り付け全てが「太鼓を打つ」ということのみのために存在していることである。余計な動きは無く、良い音を出すことのみに全てを集中させる。リズムは30分もあれば覚えられるほど簡単なのに、いくら練習しても満足のいく叩き方が出来ない。

 三宅太鼓は、鼓童が演目に取り上げてから急速に知られるようになった。今では太鼓を打つ人で知らぬ者は無いほど有名な曲である。しかし、鼓童の打ち方は、地元に比べあまりにストイックで画一的だと思う。鼓童の演奏を見た人は、三宅太鼓はストイックでしんどい曲というイメージを持つ。それらに影響を受けた高校の部活などでは、先輩に「もっと腰を落とせ!」などと叱られつつ練習させられ、トラウマになったり嫌いな曲リストに追加されたりする。。

 しかし、地元の演奏は、意外に軽やかなのである。小さな子どもから老人まで、誰でも叩くし、その打ち方も本当にさまざまである。なかには、くるくると撥を回しながら叩くおじさんもいる。地元で共有できる気軽なリズムという感じがする。ひとつの太鼓を通して、地域が一体になっているという感じがする。

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