2019年
1月のつぶやき




1月28日 いだてん

 NHK大河ドラマ、「いだてん」が面白い。最初、オリンピックが大河ドラマになると知ったとき、私は好感が持てなかった。2020年に向けたプロパガンダに思えたからである。

 プロパガンダであることは否めないが、ドラマは面白いと思った。テンポが良く、登場人物もちょっと間の抜けた感じが、真面目すぎなくて良い。最近の大河ドラマは、「良い子」が多すぎてうんざりしていたから、この位が良いと思う。

 そして、題字に重なって現れる、3本足の気色悪いロゴも良い。このロゴは、「気色悪い」ということで、批判が出ているらしい。実は、これに似たマークの清涼飲料水がインドネシアにある。「Cap kaki tiga」(三本足印といった意味)というこの飲み物は、インドネシアのコンビニではどこでも売られている。これを見たとき、東京オリンピックで流行りの「パクリ」ではないかと思った。

 この三本足をタイトルから消せ、という声も上がっているという。個人的には、そんな視聴者の圧力には屈せず、わが道を貫き通して欲しいと思う。


1月28日 無殺菌牛乳

 先週末は、私の誕生日であった。妻に、誕生日プレゼントは何が良い?と訊かれ、私は「無殺菌牛乳」が飲みたい、と言った。ずっと前に、日本で唯一の無殺菌牛乳「想いやり生乳」のことを知って、ずっと飲んでみたかったのである。インドネシアにいたときから、本帰国したら飲んでみようと思っていた。普通の牛乳よりも、低温殺菌牛乳の方が断然美味しい。ましてや無殺菌牛乳とはどのようなものか、一度味わってみたかった。

 誕生日には間に合わない、ということで、私の誕生日のお祝いにはサチコが「牛乳ひきかえけん」なるものを作ってくれた。そして、先日、牛乳が届いたので、皆で飲んでみた。合計720ml4入りが3本、価格は普通の牛乳と比べ物にならない位、高い。

 飲んだみたが、正直普通の牛乳と違いが分からない。確かに美味しいのだが、濃厚なミルクというよりは、むしろ逆にすっきりとした味わいである。妻と、普通のパック牛乳と飲み比べたが、良く分からない、という感想であった。

 私は、子供の時の記憶を思い出していた。母が時々、「瓶牛乳」という美味しい牛乳を買ってきてくれた。その牛乳は、しばらく保管していると、上のほうに生クリームが溜まってきて、フタに付着する。それを舌で舐めるのが何よりも幸せであった。美味しい牛乳は、分離して上のほうが濃厚になるのである。

 2本目は、上のほうを妻と分けて飲んだ。子供の頃に飲んだ「瓶牛乳」の味がする。この牛乳は、無殺菌でありながら、通常の殺菌牛乳よりも菌の数が少なく、保存も利くという。最後の一本は、ちょっと長めに貯蔵して、生クリームが出来てから味わおうと思う。


1月21日 走る

 今年の年末年始に、「ファミコンクラシックミニ」を買った。形はファミコンで、中にファミコンソフトが30本内蔵されている。その中に、「フィナルファンタジーV」が入っており、私はやったことが無いのだが、妻は子供の頃に熱中したらしい。最近、夫婦でこの「ファイナルファンタジーV」をやっている。妻は平日にレベル上げや裏技で強いアイテムを集め、私は週末にストーリーを進めている。

 日曜日は、雨の予報であったので、ファイナルファンタジーVをして過ごした。昔のゲームなので、結構厳しい。セーブできる場所が限られ、ダンジョンは長く、敵は延々と登場する。妻がレベル上げをしてくれたお陰で、全滅する心配は無かったが、きつい旅路であった。

 そんなことをして、一日中家に篭っていると、逆に疲れてくる。妻に「その辺を走ってくれば」と言われ、久々に走ることにした。

 こうやって走るのは、帰国して初めてかもしれない。インドネシアにいた頃は、アパートの周りをジョギングしていたが、今は通勤で結構な運動になるので、意識して走る必要を感じていなかった。

 久々に走るのは、楽しかった。わざと行った事のない道を通ることで、住んでいる町の視野が広がる。ざっくりどの方向に行くかだけを決めて、30分くらい走って帰って来た。

 家に着けば、非常にすっきりした気分になった。そして、ぐっすりと眠って週末を終えた。


1月14日 Lemon

 ジャカルタのリコーダークラブの人から、久しぶりに編曲を依頼された。米津玄師の「Lemon」である。妻によると、昨年ドラマの主題歌となり大ヒットした曲らしいが、私は知らなかった。流行りモノに疎いのは昔からである。紅白で、彼が徳島の教会で歌っていたのは覚えていたが、これが「Lemon」だとは知らなかった。

 早速、曲を聴いてみた。何度も聴いていると、いい曲だな、と思った。そして、編曲する際のイメージが湧いてきた。適当なピアノ楽譜とMIDI音源があったので、購入した。イメージが湧けば、一気に作れる。

 この3連休を利用して、編曲と録音を行った。この曲は、ある意味レクイエムである。リコーダーで吹くのであれば、リズムよりも和音を響かせるような編曲の方が良い。原曲よりもテンポは遅い方が良く、16部音符のスウィングも抑えた方が良い。そんなことを意識しながら楽譜を作り、音を録音していった。

 出来た曲は、満足と言う程ではなかった。サビがうるさくなってしまった。しかし、どう直して良いのか分からず、これが私の実力だと思うことにしてアップロードした。たまにこういう依頼を受けると、今の流行を知ることが出来て、世界が広がる。ジャカルタリコーダークラブに感謝である。

Lemonリコーダー4重奏
https://www.youtube.com/watch?v=l0jNwDxVfrw


1月13日 親知らずを抜く

 昨年に引き続き、土曜日に親知らずを抜きに行った。昨年は左下、そして今日は上の歯のどちらかを抜くつもりであった。

 歯医者の椅子に座ると、「両方抜いちゃいましょうか」という。私は、昨年の痛い経験があるので、怖かったが、そのときにやってもらった「メディフュージ」の措置は良く効いたし、昨年、「2分で抜けますよ」と言っていたのも思い出した。最初に抜いてもらった医者よりも慣れているらしい。また、「メディフージ」という、血液を採取して遠心分離する治療は、保健は適用されず3500円かかるが、一度にやれば一回分でいいらしい。

 私は、両方抜くことにした。昨年よりも緊張していた。看護師に「不安を和らげるお薬です」と言って錠剤を渡されたが、そんな私を察してのことなのか、それともここの決められた手順なのか。

 抜歯は、驚くほど早く終わった。左上は10秒ほど、右上は1分ほどで抜けた。昨年の苦労とは全く違う。すぐに、遠心分離した血液を詰め込み、縫合して終わった。

 その後も経過は良好である。


1月5日 プラレール博

 冬休みの後半は、日帰りで熊本のプラレール博へ行ってきた。妻が、優一に見せてやりたいということで、レンタカーを借りて出かけた。

 私も、子供の頃はプラレールが好きであった。トミカーよりもプラレールであった。プラレールを見ていると、そんな子供の頃を思い出す。最近のプラレールは進化していて、運転席に小型カメラが入っており、スマホアプリで運転しながら、画面上に小型カメラの映像が、あたかもプラレールの操縦席から見たような映像を映し出すタイプもあるらしい。また、サチコや優一がお気に入りの「シンカリオン」(新幹線をモデルにしたロボットアニメ)も売り出されており、普通にプラレールとして使えるほか、変身してロボットになるものもあった。

 プラレール博で手に入れた列車を、家で走らせれば、楽しいひとときであった。プラレール博で見るように、整然とした光景よりも、雑多に列車を組み合わせて走らせ、時に正面衝突したり、追突したりするほうが、面白い。優一と一緒にしばらくプラレールで遊び、昔を思い出した。


1月5日 無題

 「謝るなら、いつでもおいで 佐世保小六女児同級生殺害事件」(川名壮志著、新潮文庫)を読んだ。小学六年生の女子児童が、同級生の首をカッターで切って殺害するという、前代未聞の事件を取り扱ったノンフィクションである。

 この本で繰り返し問われているのは、「何故このような事件が起こったのか」という点であった。事件の特性上、捜査のほとんどは公開されず、審判も非公開であった。11歳という年齢は、少年法すら適用されず、殺人罪は適用されない。そんな中、新聞記者でありながら、上司は被害者の父親で、職場は被害社宅の下の階、という著者が丹念に、そして苦悩しながら調べた内容を、本人の思いと共に書き上げたのが本書である。

 本書でも、「何故」ということに対する明確な答えは示されない。いくつかの動機らしきものは存在するが、決定的とは言えない。そもそも答えは無いのではないかとも思えるし、仮にどんな言葉で「何故」の答えを言われても、納得できないような気がする。

 この事件が起こったのは15年近くも前であったが、覚えている。そして、事件を知ったとき、私は自分のある記憶を呼び起こしていた。私も、小学校六年生の時、友人に刃物を向けたことがあったのである。

 その友人とは、仲がよかった。一緒にけん玉をしたり、漫画を描いたりしていた。しかし、6年生の時、私は彼を含む何人かから、囃し立てられるようになった。なんと言われたかは覚えていないが、今思えばいじめというほどのものでもない、他愛の無いものであった。しかし、当時の私はそれが嫌であった。やめてくれ、とは言ったがやめてくれなかった。そしてある日、家庭科室で、囃し立てる彼に包丁を向けた。彼のふざけた顔が真面目になり、彼は先生を呼びに姿を消した。しばらくして、先生が飛んできて、やめなさい、と言ったことを叫んだ。私は、気持ちが抑えられず号泣し、友人を本気で刺すわけが無い、といったことを言ったように記憶している。

 本当に刺すつもりはない、単に自分が本気で嫌がっていることを分かってほしい、そういう思いで包丁を向けたことは、おそらくその通りであった。しかし、そのとき、相手の反応次第では、自分も後戻りの出来ない過ちを犯していた可能性が無いとは言えない。

 驚くべきことに、彼はその後も私と仲良くしてくれた。私への囃し立てはなくなり、私がやってしまったことを全く気に留めないかのように振舞ってくれた。いじめに対し、毅然と立ち向かったともいえるのかも知れないが、紙一重のかなり危うい出来事であったと思う。あの時、私がどう振舞うべきであったかというのかというのは、未だに分からない。

 小学校高学年から中学生にかけての時期は、心の振れ幅が大きく、不安定である。それが大きく振れた瞬間、私は運よく何事も無かった。加害者の少女は、その瞬間に、取り返しのつかない過ちを犯してしまった。私には、単にそれだけの違いのように思える。だから、本書内で著者の先輩記者が言った「ごちゃごちゃやってるけどさ、はじめからわかりきったことなんだよ。こんな事件で『なぜ』がねーなんてのは・・・」という言葉は、そうかも知れないと思った。

 そして、親になった今、子供たちの心の振れ幅の大きくなる時期、親としてどう振舞えるかということを考える。親に対する秘密があるのが当然で、ネットでやりとりされる情報というのは見えづらい。今の子供たちは、いやおうなしにもそういった世界に入らざるを得ないだろう。今のサチコや優一の天真爛漫な姿からは想像もできないが、そのうち口をきかなくなり、親の存在が煩わしくなってくるはずである。そんなときに、信頼関係を保てるか、子供たちが本当に困った事態に直面したときに、相談してくれるような関係でいられるか。今から試されているように思う。


1月3日 湯布院へ

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

昨日、今日と、湯布院へ一泊旅行をした。正月の予定は特に決めていなかったのだが、優一が電車好きで、特急「ゆふいんの森」に乗せてあげたい、ということで小旅行に行くことにした。乗せてあげたい、というよりは、私自身が乗りたい、というほうが強いのだが。「ゆふいんの森」は久留米と大分を結ぶ単線、久大本線を走り、湯布院まで行く。きれいなグリーンで、独特の形をしたその車体は、印象的である。

 ネットでチケットを予約したのだが、帰りは間違えて「特急ゆふ」というのを予約した。こちらは赤い特急であり、私はその違いを知らなかった。要するに、今回の旅行は、行きの湯布院に着くまでがメインイベントであり、そこから先はサブイベントということになる。

 「ゆふいんの森」は満席であった。韓国や中国の旅行客が多い。ガラガラの特急列車をボックス席にして、飲み食いしながらのんびり電車の旅を楽しむ、というのをイメージしていたのだが、満席のため、前の座席をひっくり返してボックス席を作るわけにもいかなかった。

 湯布院に着けば、由布岳が目の前に見えた。駅前の通りはおしゃれで、女性に人気、と言われているのが良く分かる。旅館に荷物を置いて、この通りをのんびり歩き、金鱗湖まで行った。特に予定も決めていない。

 帰りは、「トリックアート美術館」に立ち寄った。観光地といえばトリックアート、というイメージがある。これがサチコに大うけし、さまざまな絵画の前で写真を撮っては大はしゃぎであった。「明日もまた行きたい」というほどであったが、さすがに2回も行くほどではないと思い、無視した。帰りは土産物屋で、「磁石に付く粘土」を購入。これもサチコが気に入り、旅館でもずっと遊んでいた。

 旅館は、割と高級なところであった。直前に予約したため、お手ごろなところが空いていなかった。食事は豪勢であった。どれも美味しいが、美味しいものばかりを食べていると、何がなんだか分からなくなり、「なんだかよく分からんけど、とにかく美味しい」という感じである。

 二日目は、また特に予定は無かったので、観光マップを見て気になった、「ステンドグラス美術館」へ。おしゃれな部屋でステンドグラスを鑑賞しているが、子供たちは早々に飽きた。部屋には小さなパイプオルガンがあって、弾いてよいとのことであったので、私がバッハの「小フーガ」を弾いていると、子供たちがやってきて、家のキーボードで弾いている、「ドラえもん」やら「シンカリオン」(新幹線ロボのアニメ)を弾き始め、おしゃれな美術館は雑多な我が家の雰囲気となった。

 その後、ステンドグラスの製作体験が出来るとのことで、妻とサチコが参加し、私と優一は待っていた。サチコが作ったステンドグラスは、思ったよりも良くできており、自慢していた。

 その後、土産を買って特急に乗り帰宅した。帰りは、ボックス席を陣取ることが出来、家族向かい合って帰った。サチコは「磁石粘土」で遊び続け、優一は奇声を上げ、優雅とは程遠い感じであった。

 それでも、満足な旅行であった。


左:特急列車「ゆふいんの森」   右:由布岳をバックに


トリックアート美術館にて



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