2019年
2月のつぶやき




2月25日 ZABADAKの音楽

 サチコが、お気に入りの歌を口ずさんでいる。「おかあさんといっしょ」で流れていた曲らしいのだが、それにしては物悲しいメロディである。サチコは、私に似て短調の曲を好む。

 その曲は「にじ・そら・ほし・せかい」というZABADAKの曲であった。ZABADAKという名前を、久々に聞いた。まさか、「おかあさんといっしょ」でZABADAKと再会するとは思っていなかった。これを子供向けの番組で流すのは、ちょっとした冒険であったに違いない。

 ZABADAKは、私も妻も大好きなロックユニットである。学生時代にみんけんでZABADAKのことを知った。同級生のユリエが好きで、周りの人に勧めており、私も勧められて好きになったひとりである。独特の雰囲気の楽曲は、当時のヴォーカルであった、上野洋子の声と良く調和していた。

 ZABADAKの歌には、恋愛をテーマにした詩は殆ど無く、自然の美しさや、ファンタジーの世界を歌ったものが多い。リコーダーだけの5拍子のインストゥルメンタルなど、意欲的な作品もある。流行りモノを好まず、ひねくれていた私は、流行歌は殆ど聴かず、ZABADAKにのめりこんだ。

 懐かしいので、CDを引っ張り出してきて、聴いた。サチコは「にじ・そら・ほし・せかい」以外にはあまり興味が無いらしい。妻は「私は羊」など、懐かしく聴いていた。

 サチコが「にじ・そら・ほし・せかい」をリコーダー伴奏で歌いたいというので、現在編曲中である。懐かしいので、下にお気に入りの曲をいくつか掲載しておく。

「にじ・そら・ほし・せかい」
https://www.youtube.com/watch?v=qzxCe47nj_0

「私は羊」(羊の気持ちを歌うシュールな歌)
https://www.youtube.com/watch?v=Zw9iHvR6FU8

「Goodbye Earth」(環境破壊を嘆く言葉のみを延々と英語で歌う曲)
https://www.youtube.com/watch?v=G9VCRthmif0

「Harvest Rain」(雨が人を育む様子を歌ったファンタジックな曲)
https://www.youtube.com/watch?v=iLOV9OzfGqk

「Poland」(リコーダーをメインとした5拍子の不思議な曲)
https://www.youtube.com/watch?v=J2loVTvzbsE




2月19日 ヨーグルト

 前にも書いたかもしれないが、私は毎日ヨーグルトを食べている。妻は、ヨーグルトを牛乳に混ぜて、ヨーグルトメーカーに入れ、ヨーグルトを増殖させてコストを抑えている。

 世の中には色々な健康食品があるが、そのほとんどは胡散臭い。そんな中、ヨーグルトは私が健康を実感した数少ない食品である。インドネシアにいたときでも、ヨーグルトを食べているかどうかで、お腹を壊す確率が変わる。よくヤクルトが良いなどと言われるが、ヨーグルトの方が断然効果が高かった。ドイツに行った時、寒さと野菜の少なさで体がおかしくなった。便も出なくなった。そんなとき、数日ぶりにヨーグルトを食べたら、すぐにおならが出始め、続いて便も出て、その後は驚くほど快適になった。便秘にも下痢にもなりにくい。まさに整腸作用である。

 更に、風邪にもひきにくくなる気がする。ここからは受け売りだが、腸内細菌は「腸内フローラ」と呼ばれる一種の生態系をつくっており、その状態で体の健康状態が変わる。腸内フローラは、便通だけでなく、免疫や成人病、はてはアルツハイマーまで影響を及ぼすのではないかと言われている。

 ヨーグルトほどではないが、他に健康を実感できた食品はゴボウである。ヨーグルトは腸内細菌、ゴボウの食物繊維は腸内細菌のエサとなる。これらを食べていると、とりあえず後は少々不摂生でも問題ない気がしてくる。


2月18日 優一トイレトレーニング

 先週から、優一がたまにトイレで用を足すようになった。妻が辛抱強く優一のトイレにつきあってくれた結果である。それでも、未だにおむつで用を足す方が快適らしく、フルチンの状態で過ごさせ、用を足したくなるまで粘り強く待つしかないようだ。

 我が家のトイレは、優一専用にチューンナップされている。壁にはシンカリオン(新幹線ロボットアニメ)、トミカーやプラレールのカレンダーなどが貼られ、正面のドアにはトイレに行けたらシールを貼っていくしまじろうなどのポスターが貼られている。

 便座はサチコが使っていたものを流用したが、更なる快適さを求めて専用の便座が導入された。更に、今日家に帰ると、優一専用の足置きまで導入されていた。我が家のトイレは、優一のトイレトレーニングのためだけに存在しているといっても過言ではない。

 昨日は、会社のイベントで長崎までバス旅行に行ってきた。当然、トイレトレーニングをしている余裕は無く、一日をおむつで過ごした訳だが、優一はおむつの快適さを思い出したのか、家に帰っても頑としてトイレで用を足そうとはしなかった。ついには「おむつを穿かせろ」と要求し始め、根負けしておむつを穿かせたところ、うんちと小便が出てきた。

 道のりはまだまだ長いが、少しずつ前進しているような気がする。


2月10日 探偵ナイトスクープ

 私が住んでいる地域でも、「探偵ナイトスクープ」を放送していることが分かり、ここのところ予約録画をしてみている。「探偵ナイトスクープ」は、かつて関西地域でのみ放送されていた、超人気番組であった。視聴者からの素朴な疑問に、探偵が真摯に調べるという内容で、あまりテレビを見ない私や妻も、この番組は観ていた。

 久しぶりに観たはじめのコーナーは「車の中で結婚指輪を落としてしまい、いくら探しても見つからないので、一緒に探して欲しい」という依頼であった。他人の結婚指輪など、どうでも良いはずなのに、手に汗握って観てしまうのが、この番組の凄さであろう。今日観たのは、「炊飯器にケンカを売る犬を何とかしてほしい」という内容で、こちらも爆笑しつつも考えさせられる内容である。

 毎週の楽しみが増えた。


2月10日 福岡へ

 今日は、福岡市内の妻の実家に行ってきた。正月の挨拶は行けなかったので、今年初めてである。妻の妹と、2歳と0歳の甥っ子ふたりが滞在している。私たち家族は、レンタカーを借り、途中ピザを買って訪問した。サチコはこの家が大好きらしく、何日も前から行くのを楽しみにしていた。

 下の甥っ子は、生後3ヶ月の赤ちゃんである。抱っこしてみれば、可愛らしい。優一が日本で生まれ、インドネシアにきたのも、このくらいのときであった。こんな小さな体でよく海を渡ってこられたものだと、改めて思った。

 そんな優一も3歳と10ヶ月になった。トイレトレーニングを初めて8ヶ月くらいであろうか、未だにトイレで用を足すことが出来ない。トイレでおしっこをするくらいなら、トレーニングパンツに漏らす不愉快さに耐えるほうがマシ、と考えているようだ。この頑なさには、畏怖の念すら覚える。

 と思ったら、2歳の上の甥っ子がトイレでおしっこをした。まだまだ成功率は低いようだが、一度も成功したことの無い優一に比べたら凄い。

 まあ、何にせよ、サチコも優一も、大好きな妻の実家を満喫し、大いに楽しんだようであった。

 帰りは、「丸星中華そばセンター」でラーメンを食べた。ここは、国道沿いにある24時間営業のラーメン屋で、ラーメン一杯400円と安く、昔ながらの店構えである。NHKの「72時間」という番組で取り上げられた場所で、父がいたく気に入っていた。家からはちょっと遠いので、これまで行ったことがなかった。

 古めかしい店の中で、素朴な味のラーメンとおでんを食べれば、幸せであった。子供たちも満足し、そのまま家路についた。


2月9日 凧揚げ

 今日は、子供たちを連れて凧揚げをしに行った。凧は、正月に買ったものであるが、糸の長さが30m程度と短かかったので、百円ショップで糸を買って、更に高く揚げようと思ったのである。幸い、今日は風が強めであった。

 私は、2004年1月3日のつぶやきの記憶があった。就職して二年目の正月、学生時代の友人と凧揚げをした記憶が、私の凧揚げに対する思いの原点と言っていい。子供たちとこの楽しさを共有したいと思った。  広い公園に行き、凧を揚げると、ほとんど走ることなく凧は揚がっていった。すぐに糸を使いきると、百円ショップの糸を継ぎ足して、更に高く揚げた。凧はみるみる高く揚がり、小さくなった。100mくらいは揚がったと思う。サチコは「凧が1センチくらいになった!」と興奮気味である。周りの子供たちが集まってきて「高っ!」と騒いでいる。

 しばらく凧を楽しんでいると、寒くなってきた。もう夕方である。北風が強く、寒い。私とサチコはまだはしゃいでいるが、訳も分かっていない優一は、ただじっとしているだけである。サチコと協力しながら凧を手繰り寄せ、家に帰った。私は、凧を揚げるの糸の摩擦で知らぬ間に指を切っていた。


2月4日 天切り松 闇がたり

 ここところ、週末になると子供たちを連れて図書館へ行き、本を借りては読んでいる。私は小説、マンガ、宇宙の本などを借り、サチコも「おばけマンションシリーズ」という本のほか、絵本などを借りている。こないだ借りて面白かったのは、貴志祐介氏の小説「新世界より」であった。千年後の日本、高度な文明は失われ、代わりに「呪術」と言われる超能力を持った人々が暮らす、奇妙な町を舞台にした物語である。はじめは、10代の若者が読むような、青春ファンタジーの雰囲気であったが、どんどん話はえげつなくなり、とんでもない世界に連れて行かれる、不思議な体験をした。

 そんな風に、図書館を楽しんでいるのだが、「新世界より」を読んだ後、読む本がなくなり、浅田次郎の「天切り松 闇がたり」を久々に読み返した。大正時代の義賊「目細の安吉」一家の活躍ぶりを、留置所に現れた老人が語りきかせる、という設定で話は進む。かつて、妻がこの本にハマり、当時の妻の一人称が「おいら」になるほどの影響を与えた。

 この本を読むと、「文芸」という言葉をつよく意識する。まさに、文章の芸術だと思った。この本は、真実を語っているわけでもなければ、何か強いメッセージ性があるわけでもない。ただ、文章が美しく、心動かされ、話の世界にのめりこむ。私は、ここのところ心が乾き、なかなか感激・感動することがなかったのだが、この本は涙なしでは読めない。久々に楽しみながら1巻を読んだ。

 そして、一昨日また図書館に行き、新たな本を借りたので、天切り松の続きはしばらく先である。上記「新世界より」で貴志祐介を知ったので、次は同じ著者の「悪の経典」を読み始めた。国語辞典ほどの分厚さで、表紙におどろおどろしい字で「悪の経典」と書いてある。こちらもなかなか面白い。



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