2023年
6月のつぶやき




6月28日 天才はなぜ生まれるか

 先週、外出の機会があり、移動中に読む本を古本屋で探したところ「天才はなぜ生まれるか」(正高信男著・ちくま新書)が何冊もあったので、これを100円で買って読むことにした。新書を読むのは久しぶりな気がする。

 この本は、アンデルセン、レオナルドダヴィンチ、ウォルトディズニー等の「天才」たちに焦点を当て、彼らが学習障害を持っていたことを明らかにする。そして、「障害を乗り越えた」からではなく、「障害があったおかげで」偉業を達成することができたのだという。アンデルセンは文法障害、レオナルドダヴィンチは読字障害、ウォルトディズニーは多動症であった。これらは、学校教育についていけないという点では障害だが、もっと広い意味では個性となりうる。

 私がこれまでの歴史で最も凄いと思うのは、アインシュタインである。私たちは、この世界が三次元空間の中にあり、その中で一様に時間が流れているような世界観を持っている。ニュートンによって作られたこの世界観は、私たちの直感と一致するため、未だにこの感覚で私たちは生きている。しかし実際は、時間の流れは一様ではなく、空間はねじ曲がる、実に奇妙な世界が、この世の現実である。そんな世界の仕組みを、思考実験だけで解き明かし、その奇妙な理論は、実験により次々と正しいことが明らかになった。

 そんなアインシュタインは、読み書きや計算能力が劣っていたらしい。そのことは、視覚イメージを描く能力に卓越することと関係し、思考実験により新たな世界を垣間見ることができた。

 障害は個性である、と本書は主張する。「できない」を「できる」にするために鍛えることは、効率的ではないという。それよりも「できる」を伸ばすほうが、障害に対する支援としてはふさわしく、それにより「できない」が「できる」に近づく。確かにその通りかもしれない、と思った。


6月21日 PLUTO

 漫画「PLUTO」を読み返している。浦沢直樹が手塚治虫の「鉄腕アトム」をリメイクした内容で、原作とは似ても似つかない、シリアスなタッチで描かれるサスペンスである。アトムは、寝ぐせの酷いちょっと影のある少年として描かれる。

 私は、原作を読んだことは無いが、それでも楽しく読める。それに、この内容は、連載が始まった2003年よりも現代のほうがリアリティを感じる。今、人工知能を搭載したロボットと会話し、共生することが当たり前の社会になりつつある。そんな中で、人工知能に感情はあるのか、生成AIとどうつきあっていくか、人工知能を搭載した無人兵器をどうするか、といった現代の課題は、まさにこの漫画で描かれている内容と一致する。

 60年も前に、このような未来が来ると言い当てた手塚治虫はすごいと思った。


6月11日 ホタルを観にいく

 この週末は、家族でバンガローに泊まりに行った。家から車で40分くらいのところにある、近場のキャンプ場である。ホタルが観られるということで、楽しみであった。


子どもたちがこのように手伝ってくれるので楽になった


 バンガローに着いてすぐ、妻が床下で凄まじいクモとムカデの攻防が繰り広げられているのを発見した。糸でからめとってムカデを仕留めようとするクモと、それに抗うムカデに家族が注目し、妻はその瞬間をカメラにとらえるべく奮闘していた。


宙吊りにされているムカデのほうが不利に思える


夕食は、いつものようにバーベキューだが、今回は「まきまきパン」を作ってみることにした。パン生地を家で作っておき、バーベキューの串に巻いて直火で焼いて食べるというもので、初めて作ってみたが素朴な味で美味しかった。


まきまきパンを作る優一とピーマンを切るサチコ



優一と将棋を指しながら火を起こす父と、室内でお絵描きに熱中するサチコ
妻が「我が家のキャンプを表現する一枚だ」と言っていた。



まきまきパン。なかなか美味しかった


食事を終えると、少し雨が降っていた。ホタルが観られるか分からないなと思いながら外を歩けば、妻がホタルを見つけた。よく見れば、すぐ近くをホタルが舞っている。なんと幻想的な光景であろうか。何度見ても、この世界の不思議を感じずにはいられない。しばらくすると、雨が降ってきた。雨が止むのを待って、もう一度外を出歩いてみたが、もうホタルは見られなかった。

 次の日は、早起きした妻と私で少し散歩をして、朝食を食べて帰った。昼前には家に着いた。気軽に訪れることができる、良いところだと思った。


朝食の風景



つり橋ではしゃぐ子供たち




6月9日 夜祭

 埼玉県に「秩父夜祭」という祭りがある。大学二年生の時から毎年、この祭りを観にいっている。詳しくは「まつり見聞録」に書かれている。私が学生時代に所属していた「民謡研究会合唱団」(通称みんけん)では、秩父夜祭で演奏される「秩父屋台囃子」をレパートリーとして持っていた。本来は、狭い屋台の中で演奏される曲だが、プロの和太鼓集団である鼓童や鬼太鼓座が、腹筋を活用した「魅せる」打ち方を始めてから、色々な和太鼓サークルが叩く定番曲となった。

 非常に魅力的なお囃子で、地打ちのは8分音符の連続から僅かにずれる、楽譜には落とせない不思議なリズムとなる。地元の人以外には到底再現できないので、地元の人以外が演奏する場合は、プロも含め単純な8分音符の連打となる。そんなリズムに乗って、曳山が前進する際は大太鼓の力強い「大波小波」の音が響く。一方、曳山が方向転換する際は、「玉入れ」と呼ばれる締め太鼓の細かいリズムが入る。いずれもアドリブのソロで打たれ、その上にまたアドリブの篠笛がかぶさる。

 そんな「秩父屋台囃子」にすっかり魅了された大学二年生の私は、あろうことかこれをリコーダー合奏で表現したいと思い立った。力強い大太鼓の音を8分音符の和音で、締め太鼓の繊細な「玉入れ」をリコーダーのダブルタンギングで表現したら面白いと思い立ち、作曲を始めた。当時、和声やコードの知識はほとんど無く、フィーリングだけで作った。ソプラノリコーダー3パート、アルトリコーダー1パートの長大なリコーダー4重奏曲「夜祭」が完成し、「創研コンサート」で発表した。意外と評判が良かったのを覚えている。

 私のリコーダーの原点はこのあたりにあることに思い当たり、改めて「夜祭」を演奏してみたいと思った。ソプラノリコーダーからバスリコーダーまでを使用した5重奏にリメイクし、演奏してみたところ、改めて面白い曲だと思った。音楽の知識を持ち合わせていたら、逆にこのような曲は作れない。AIにもこのような曲は作れないだろうと思った。

リコーダー合奏曲「夜祭」
https://www.youtube.com/watch?v=DlwbpIiybaY


6月7日 有給

 一年間で6回は有給休暇を取るということで、今日は休暇であった。今日は、妻とランチのため佐賀県鳥栖市にあるスリランカカレーの店、「ライオンカレー」まで自転車で行った。6月の休暇は、自転車でライオンカレーに行き、帰りに墓地にあるビワの木からビワの実をもいでくる、というのが、恒例行事のようになっている。

 初夏の空のもと、国道を北上すれば、両側に畑がひらけ、夏草の香りが心地よい。筑後川を渡り、宝満川沿いの土手をのんびりと走りながら、この時期の空気を味わった。

 県境を越え、福岡県から佐賀県に入った瞬間、歩道の状態が悪くなった。歩道は、アスファルトがガタガタで、草がぼうぼう生え放題となり、自転車で走ると草がバチバチ当たる。歩道なのに、人が歩くための整備は全くなされていない。。

 久しぶりに食べるスリランカカレーは、美味しかった。標準の辛さがかなり辛めのため、私たちは「辛さひかえめ」を選んだが、それでも結構辛い。「かなり控えめ」でちょうどよい辛さかもしれない。

 帰りは、ビワを採った。朽ち果てた墓地に立派なビワの木が生えており、誰にも管理されておらず、実は落ち放題、鳥に食べられ放題になっている。私たちは、状態の良いビワをもいで、ビニール袋に入れて持ち帰った。いくつになっても、こういうワクワク感は好きである。

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