2025年
12月のつぶやき




12月30日 妻の実家にて

 今日は、妻の実家を訪問した。前回の訪問時は、妻と子供だけだったので、私は2年ぶりくらいである。

 妻の実家では、普段食べられないような高級寿司と、義母の手料理をいただいた。その中で、義母が「こんなのもあるよ」と出してくれた煮物が気になった。

 それは、最初お麩かと思った。次に、ホタテの貝柱かと思った。妻は、アワビかと思ったという。口に入れてみると、ふわっとキノコの香りが広がった。まさかこれは、マツタケ?と、妻と絶叫した。その煮物は、希少価値が高いらしく、たしかにマツタケ一本分をカットした分量にみえる。義母は、「スーパーに売ってるよ」という。最近マツタケはスーパーに売ってないですよと返した。

 聞けば、これはエリンギらしい。エリンギをアワビのように見せ、マツタケと錯覚させる、義母の力量とユーモアに驚いた。こんなに美味しいエリンギの煮物を食べたことはなく、私も挑戦してみようと思った。

 優一は、義父に次から次へと「出し物」と披露していた。得意のトランプマジックをいくつも見せた後、一緒にテレビゲームをし、太鼓の達人の「鬼モード」を演奏してみたのち、ノートに手書きした自作の謎解きゲームを解かせている。義父は楽しそうにつきあってくれたものの、疲れはて、横になってしまった。最後、義母が出してくれたSDカードで、子供たちが小さかった時の動画を観て、まったりした雰囲気になってから妻の実家を後にした。

 歓待していただきありがとうございました。


12月30日 続・エスカレーター

 妻の実家でも、エスカレーターの積載効率の悪さが話題になった。帰るとき、私たち家族は堂々と2列に並んで利用しようと、福岡市営地下鉄のエスカレーターを2列で並んで使用した。すると、「右側が空いています」の自動音声が「ご協力ありがとうございました」に変わった。AIか何かが、右側が空いていることを自動認識し、2列で並ばせることを促しているらしい。

 後ろをみれば、私たちの後ろはみんな2列になった。小さいことだが、世の中を良い方向に変えられた気がした。  


12月27日 電子書籍リーダー

 電子書籍リーダーを購入した。インドネシアに行くと、日本の書籍は手に入りづらく、読書の手段を確保しておきたいと考えたからである。

 日本においては、電子書籍リーダーの必要性は感じなかった。紙の本のほうが好きだし、日本は図書館が充実しているので、読みたい本は無料で読める。図書館になくても、ブックオフなどの古本屋で、割安で入手し、読まなくなれば再び売ればよい。

 電子書籍リーダーは、スマホやタブレットのディスプレイとは異なり、Eink社の「電子ペーパー」という技術が使われているらしい。紙の本を読むのと似ており、目が疲れにくいという。また、スマホと違って読書しかできないので、気が散らずに読書できそうだ。

 私が購入したのは、Kobo Libra Colourである。早速、成瀬シリーズ最新作「成瀬は都を駆け抜ける」を購入して読んでいるが、確かに読みやすい。ページめくりボタンが付いているので、寒い冬に手袋をしたまま読めるのが、地味に良いと思った。ただし、定価で買うのが原則になってしまうので、出費としては割高になってしまうであろう。日本の本が、定価の2倍くらいするインドネシアでは、大切なお供になってくれそうだ。


12月22日 パスポート

 来年の4月に再びインドネシアに赴任することが決まった。今回は、単身赴任となる。内示が出た瞬間、急に忙しくなった。特に急を要するのが、パスポートの取得である。

 パスポートを取得するためには、戸籍謄本が必要で、戸籍謄本を取得するには、コンビニで事前申請が必要らしい。コンビニで事前申請したところ、なんと却下された。私が申請した内容が、間違っていたらしい。そして、「正解」を知るには、住民票が必要だという。仕事中、妻に連絡して住民票を取得してもらい、LINEで写真を送ってもらった。内容を確認したところ、事前申請した内容と相違ないように思えた。

 本籍地のある市役所に電話したところ、クイズを出された。私の本籍地の住所と、筆頭者の氏名を答えるクイズである。筆頭者の氏名は、間違いなく私である。本籍地の住所は、住民票に記載の通りに答えたところ、正解であった。職員は、正解した暁に、コンビニで申請した際に、どこが間違えていたのかを教えてくれた。住所の番地が、わずかに異なっていた。

 仕事帰りに、コンビニで戸籍謄本を出力しようと思ったら、なんと戸籍謄本をコンビニで出力できるのは、平日の9時〜5時に限られるという。コンビニは24時間開いているのに、理不尽な話である。人事部からは「可及的速やかに」と言われているので、会社を抜け出してコンビニで戸籍謄本を出力した。

 明日は、パスポートを申請してから出社することにした。


12月20日 エスカレーター

 久しぶりに東京に行き、ここで働いたり、住んだりするのは嫌だなと思った。何せ人が多い。どこに行くにも人ごみの中を電車を乗り換えたりする。東京の各路線は、私が住んでいたころよりも更に複雑怪奇になっており、各路線の乗り入れも増えている。モコ飲み会の帰りも、ホームを間違えてあっち行ったりこっち行ったりしながら、何とかホテルにたどり着いた。

 特に感じたのが、エスカレーターの非効率性である。かつて、左が止まる人、右が歩く人(関西は逆)であったが、今はエスカレーターでは立ち止まる。二列で立ち止まれば問題ないが、みんな左だけで立ち止まるため、エスカレーターの積載率が半分になっているのである。私も含め、みんな右側に立ち止まる勇気が無いらしい。どんなに混雑していても、エスカレーターの右側は空いている。これでは、エスカレーターの機械部品も、左側だけ摩耗したりしないだろうか。

 これを解決するだけで、駅の混雑は少しましになるような気がした。


12月20日 モコ飲み会

 発表会の後は、メキシコから帰ってきているモコと飲むため、セツと新宿に移動した。かつてのみんけんのメンバーと飲むのは、15年ぶりくらいであろうか。セツと私は、二次会からの出席である。二次会参加者は、モコ、セツ、チカサダさん、オオサワさん、カセダ、シゲオ、キョウスケ、ミヤザキ、トリイ、キエ、ボンさんであった。

 久しぶりに会うメンバーは、驚くほど変わっていなかった。学生時代に飲んでいた感覚と、ほとんど変わりがなかった。シゲオは、福井県に伝わる勝山左義長囃子を観に行き、「笑顔で叩く御陣乗太鼓だ」と、動画を見せてくれた。確かにこれはすごい。よくこんなの見つけたなと思った。ひとりで民謡研究を続けているようである。キエは、神輿大好会に所属し、神輿を担ぎに各地を出かけているようであったし、モコはメキシコで日本語教師をしている。こうしてたまに会えるのは、貴重だと思った。誘ってくれた幹事のボンさんに感謝!である。

 次の日、私と優一が所属しているつくし太鼓愛好会の演奏があったので、始発の飛行機で戻り、そのまま太鼓を叩くという、ハードな週末となった。


12月20日 みんけん第61回発表会

 東京に出張したついでに、みんけん(横浜国立大学 民謡研究会合唱団)の発表会を観に行った。かつて私が所属していた音楽サークルで、そのころは合唱のほか、曲創作、歌う会などもやっていた。また、全国に伝わる和太鼓曲、お囃子、舞踊を現地の保存会に習いに行き、収集した楽曲を先輩から受け継ぎ、後輩に伝えてきた、70年以上の歴史がある、伝統サークルである。

 しかし、新型コロナウィルスの影響で、活動は壊滅的なダメージを受け、伝えられてきた楽曲のほとんどは失われたらしい。それでも、遠い後輩たちは、太鼓曲のいくつかを引き継ぎながら、活動を続けてくれていた。そして、みんけんの常任指揮者であった、石渡先生が亡くなり、その偲ぶ会において、現役とOB・OGとのつながりができ、少しずつ曲を復活させている。今回は6年ぶりの発表会である。

 現在の活動は、器楽・舞踊・バンドの3種類らしい。私が感じた令和のみんけんの印象は「清潔・さわやか・礼儀正しい」であった。私たちの頃は、もっとアングラな雰囲気が強かった。演奏レベルも高く、これだけの数の楽曲を新たに習得するのは大変だったろうと推察する。

 最後、みんけんの十八番と言われた「八木節」であった。みんけんの八木節は、腰を低くして踊る非常に疲れる舞踊曲で、現地のものからアレンジされて、みんけん独自のものになっている。これが最後に演奏されると、会場は拍手が鳴りやまなかった。


バンド演奏


おわら風の盆


八木節




12月22日 中央林間へ

 みんけんの発表会まで時間があったので、私が小学校5年〜大学卒業まで過ごした、中央林間を散歩した。こんな機会でなければ、行くこともないだろう。かつて、両親が経営していたお好み焼き屋「あかし屋」があったあたりを通り、森を抜けた先にある母校の小学校へ行き、かつて住んでいたアパートを見て、その斜め前の小さな神社で参拝し、小田急沿線の駅そば「箱根そば」を食べた。

 印象としては、かつての記憶とそれほど変わっておらず、懐かしい気持ちで散歩した。当時の距離感よりもコンパクトに感じ、小学校までの道も、駅からアパートまでの道も、自分が思っていたよりも近く感じた。


小学校までの通学路。両側の森を抜ける。


あかし屋があったあたり。このあたりは全く実感がなかった。


かつて住んでいたアパート。この辺は全く変わっていなかった。


箱根そば。高校時代は、ここでそばを食べてから自宅で夕食を食べていた。




12月19日 成瀬は信じた道をいく

 「成瀬は天下を取りにいく」の続編「成瀬は信じた道をいく」を読んだ。最初の章「ときめきっこタイム」は、胸がいっぱいになるような文章であった。ここでの語り手である小学生の北川みらいが、「ときめっきこタイム」(総合学習の時間)で、成瀬がやっている終わりコンビ「ゼゼカラ」を調べることを提案することから話は始まる。

 調べるうち、主人公、成瀬あかりは、夏休みの自由課題をすべてやってきたこと、校長室に飾られている絵を描いたこと、通学路の電信柱に成瀬あかりの交通安全標語が掲載されていることなどが明らかになり、子供たちの中で成瀬は伝説の人物になっていく。そして、ばったりと自主的な地域パトロール中の成瀬あかりに出会い、そこから交流が始まる。

 印象的であったのは、成瀬へのインタビューにおいて、北川みらいが「成瀬さんは将来何になるんですか?」と訊いたときの回答であった。

「先のことはわからないからなんとも言えないが……。何になるかより、何をやるかのほうが大事だと思っている」
「たとえばわたしはパトロールを好きでやっているが、警察官になりたいとは思ってない。会社員になったとしても、パトロールはできるだろう。だからわたしが何になるかは未定だが、地域に貢献したいとか、人の役に立ちたいとは思っている」

 最高の答えだと思った。私は何をして生きるか、本が私に問いかけている。


12月17日 暗号解読

 サイモン・シンの「暗号解読」を読み返している。サイモン・シンの著作としては「ビッグバン宇宙論」「フェルマーの最終定理」とともに、最高の読書体験をくれる良書だと、改めて思った。

 紀元前に生み出された単純な暗号に始まり、暗号はどんどん複雑になっていく。それは、暗号作成者と、暗号解読者による、一種の軍拡競争であった。暗号解読者たちは、一見不可能にも思える暗号を、さまざまな視点からアプローチし、わずかな隙を手かがりに解き明かしていく。圧巻は、第二次世界大戦で、ドイツが使用した最強の暗号機「エニグマ」をめぐる戦いである。「エニグマ」のもつ複雑な暗号化技術と、これのわずかな欠点をついてこれの解読にあたる人々の知恵と精神力に驚く。

 そして、本書は、現代のインターネット技術を支えるRSA暗号に行き着く。これは、暗号をやりとりするためには、暗号を複合する方法を送信者・受信者で共有しなければならないという常識を打ち破り、「非対称鍵」という考えを実現化したものである。巨大な素数の積を計算するのは簡単だが、それを因数分解するのは極めて困難であるという、非対称性を使用した仕組みで、今のインターネットでの取引で当たり前のように使用されている。純粋数学が社会に多大な影響を及ぼした例とされている。

 そして本書は、未来の暗号、量子暗号の姿を描くことを試みる。これは、原理的に解読することのできない暗号で、量子コンピュータのある未来を想定している。英語版は1997年に執筆されたそうだが、その内容は今読み返しても色褪せることがなく、その筆力と未来を見通す力に驚かされる。

 以降のサイモン・シンの著作「代替医療のトリック」「数学者たちの楽園―『ザ・シンプソンズ』を作った天才たち―」は以前ほどの輝きは無い。やはり、冒頭に記した3作が、何度でも読み返したくなる傑作だと思う。


12月6日 優一マジックショー

 今日は、太鼓の本番があった。公民館で、高齢者の年末のつどいのイベントで演奏するという内容で、アットホームな雰囲気で太鼓を叩いた。太鼓を叩いた後、マジック好きの優一に、マジックも披露してほしいとのオファーが来ていた。優一は、高齢者に受けそうなマジックを考え、「水がカルピスに変わるマジック」をすることにした。それから、いろいろ自分で考え、私を助手にし、私は言われるがままに優一の手伝いをすることになった。

 結局、下の動画のようなマジックを披露することになり、思った以上に受けた。人前でこれだけのことをやれるとは、意外に度胸があるなぁと思った。優一は楽しんでやっていたらしく、よい機会になった。チャンスを与えてくれた関係者の方々に感謝!である。

↓優一のマジックショー
https://www.youtube.com/watch?v=JCWBZRM7vc0


12月3日 秩父夜祭

 12月3日といえば、秩父夜祭である。秩父夜祭は、日本三大曳山祭りのひとつで、絢爛豪華な曳山と、その中で演奏される屋台囃子の演奏、そして冬の夜空に打ち上げられる無数の花火が魅力である。妻と私は、学生の頃、なんどかこの祭りを観に行ったことがある。

 屋台の中で演奏されるお囃子は、祭りでは音しか聴こえないが、鬼太鼓座、鼓童など初期のプロの和太鼓集団が、これを学び、舞台芸術として磨き上げ、今ではアマチュアの和太鼓団体でも取り上げられるメジャーな曲のひとつとなっている。それでも、地元で演奏される屋台囃子は、地元の人にしか演奏できないと感じる。地のリズムは、8分音符の連打からは微妙に外れ、楽譜に落とせないようなわずかにつんのめるような「テケテッケ」のリズムになっているあたり、プロの和太鼓集団でさえも再現できていない。これこそが伝統芸能の面白さだと思う。

 今では、Youtubeのライブ配信で、お祭りの様子を知ることができる。夕食を食べながら秩父夜祭の映像をライブで見て、家族で祭りの話をしていた。


12月3日 優一寝ろ寝ろ

 優一は、家族共用のタブレット端末に、いくつかのアラームを入れている。起きる時間、アレルギーの薬を飲む時間などを入れて、管理しているらしい。こういった姿勢は、妻の血を受け継いでいると感じる。私は、どちらかといえば気ままにやりたいほうだからである。

 その中に「優一寝ろ寝ろ」というアラームがある。そろそろ寝る時間だということを知らせるのが目的らしい。ある日、優一は、いつもより早く眠気が来たらしく、早めに布団でうとうとしていた。すると、「優一寝ろ寝ろ」のアラームが鳴った。せっかく寝ようとしているのに、「寝ろ寝ろ」のアラームで起こされ、わざわざアラームを消しに行く優一を見て、妻と笑いをこらえるのに必死であった。

 その後、「優一寝ろ寝ろ」アラームは削除されたようだ。


12月1日 優一アップデート

 先週の土曜日の夕方、優一が発熱した。その日の朝は、「ナゾトキラボ」の動画で、世界一難しい論理クイズを観ていた。優一が突然発熱するのは、年に1度くらいあり、妻と私は「優一アップデート」と呼んでいる。パソコンのOSがアップデートされるときとかに、CPUの利用率が高くなり、発熱する現象に似ているのである。優一は、39度くらいの熱が出ているのに、風邪の症状はなく、少し頭痛い、と言っている程度である。それほど辛そうでもなく、私にちょっかいを出すくらいの余力はある。

 日曜日、囲碁教室と太鼓の練習は休んだが、夕方には元気になった。知恵熱のようなものなのか、これに従い優一の能力がアップデートされたのか、そのあたりはよくわからない。


12月1日 ベルトラッキ贋作事件と交響曲第1番「HIROSHIMA」

 NHKの「未解決事件」でベルトラッキ贋作事件が取り上げられていた。天才贋作師とよばれるヴォルフガング・ベルトラッキ氏による作品は、世界中の鑑定士を欺き、高額で落札され、世界の名立たる美術館に飾られる。それまで最高の賛辞をもって語られていた作品は、贋作と判明したとたんに、落胆され、貶められる。作品そのものは、いささかも変わっていないのに、ある日を境に、その作品に対する評価はがらりと変わる。

 私たちは、芸術作品について、真に客観的にその良し悪しを判別する術をもたないらしい。誰が描いたとか、その背景にどのようなドラマがあるのかとか、作品そのものの美しさとは関係ないところに、その価値を見出しているのである。番組を観ていて思い出したのが、佐村河内守氏による「交響曲第1番《HIROSHIMA》」であった。

 私がインドネシアに住んでいたころ、上記作品が話題となり、日本に一時帰国した際に、「kalafina」のCDと一緒に購入した。全聾で被爆二世の作曲家が苦しみぬいて作り上げたとされる本作品は、実はゴーストライターにより作曲されたもので、佐村河内氏も、全聾ではなく中程度の難聴であったことが判明し、作品の評判は地に落ちる。作られた曲自体は何も変わらないのに、これまで素晴らしい作品と言われていたのに、急に作品の出来まで批判され始めたのが、不思議でならなかった。

 番組では、ベルトラッキ本人と、贋作を手にしている美術館担当者との直接対話も実現する。作品そのものの価値を主張するベルトラッキに対し、真贋性の重要さを主張する美術館担当者、話は平行線であった。番組は、ベルトラッキの悪質さを強調しているように思えたが、正直言うと、私はベルトラッキの主張に同意することが多かった。  

topへ