2026年
1月のつぶやき
1月27日 有給
今日は、有給休暇を取って、インドネシア赴任に向けたもろもろの準備をした。かなり忙しい一日であった。
・歯医者へ行く
インドネシアで歯の問題が起こると、かなり大変である。前回の赴任時に、親知らずが痛み出したときは、抜くことも出来ず、カレー屋をやっている日本人が、モグリの歯科の名医だみたいな噂も流れて、本気で探したりもした。よって、赴任前に歯科検診を受け、クリーニングをしてもらってから旅立とうと思っている。幸い、虫歯はひとつも無かった。
・眼鏡を作る
インドネシアで眼鏡が壊れたら大変なので、眼鏡の予備を作りに行った。予備なので、一番安いフレームで、オプションも特につけなかった。
・各種支払先変更
眼鏡を作った後は、一度家に戻り、光熱費やインターネット代などの支払いを、航空会社発行のクレジットカードに変更していった。こういった支払いによりマイルを貯め、一時帰国費用の足しにする狙いである。
・スーツを買う
現在は私服で通勤しているが、インドネシアでは、スーツ(上はYシャツのみで可)での通勤となるため、スーツを買いに行った。スーツ屋に行けば、店員さんがつきっきりで対応してくれた。5万円もするスーツを薦められたが、なんと同じものを2着購入すると、2着目は3千円で買えるという、滅茶苦茶な価格設定に驚いた。とりあえず、洗濯できるタイプで、一番安いスーツと、アイロンがけをしなくてよいYシャツを購入した、
・食器・調理器具
インドネシアで住むことになるアパートは、ひととおり家具は揃っているらしい。あとは、調理器具と食器があれば生活できそうである。一人暮らしをするにあたり、私が豊かに過ごせるかどうかは、広島焼きを作れるかどうかにかかっている。そういった視点で、平底の鉄フライパン、ボウル、泡立て器、おたまなど、必要な器具を買いそろえた。包丁とテコは、我が家のものを持っていって良いことになった。
・楽器店へ
最後に、音楽教室の解約と、フルートの調整をしてもらうために楽器店に行った。3月で音楽教室はやめることを伝えた。フルートの調整も、インドネシアに行ったらなかなか出来ないかもしれないので、診てもらおうと思ったが、リペアの担当者がいなかったので、出直すことにした。
そんなことで一日が過ぎ、ぐったりと疲れた。忙しい有給休暇であった。
1月25日 借金取りからの電話
昨年の終わりごろから、私の携帯電話に特定の電話番号から着信が来るようになった。「迷惑電話の疑い」という表示が出るので、無視していたのだが、結構な頻度でかかってくる。電話番号で検索してみると、東京に実在する法律事務所で、主に消費者金融から委託されて債権回収を行っているらしい。ネット上では「迷惑電話だから無視してよい」という意見と、「取り返しのつかないことになるかもしれないから、ちゃんと電話に出たほうが良い」という意見が混在しており、どちらかというと後者のほうが優勢である。
いわゆる借金取りである。電話は、1週間に一度くらいかかってきて、留守番電話に要件を入れることもなく、切られてしまう。私は、借金をした覚えはないが、知らないところで借りっぱなしのレンタルビデオとかがあって、知らない間に金額が膨れ上がったりしていないだろうかと、思いを巡らせたが、覚えはない。とりあえず、こちらから折り返したくはないが、次に電話がかかってきたら出てみようと思った。
そして、仕事中に数名で打ち合わせをしていると、私の携帯電話が振動した。画面を見ると、例の番号である。私は思わず「借金取りから電話だ!」と叫んで、電話に出た。喧々諤々のやり取りを想定して、臨戦態勢で「もしもし」と電話に出たら、物腰柔らかな女性の声で「〇〇さんの携帯電話でお間違えないでしょうか?」と訊かれた。「違います」と答えたら「失礼いたしました」と言われて、あっけなく終了した。
それ以降、この番号からの電話はかかってこなくなった。それにしても、一緒に打ち合わせをしていた同僚も驚いたであろう。
1月25日 目薬
最近、目が疲れると感じて、薬局で目薬を探した。特に症状があるわけではないが、何となく最近目が疲れているなぁと感じる程度である。
薬局に行けば、実に多彩な目薬があった。200円くらいの安い目薬から、1500円くらいする高級なパッケージに入った目薬もある。効能を読んでも、同じようなことしか書いておらず、価格の違いが何に由来するのか分からない。高ければ高いほど、目の疲れが取れるのであろうか。でも、高い目薬は、有効成分の濃度が高すぎて、逆に副作用とか起こさないだろうか。
そんなことを考えながら、600円程度の中間くらいの目薬を購入した。目薬をさしていると、何となく疲れが取れたような気がする。
1月20日 「のさり」の原風景
1/18放送のNHKスペシャル「椎葉 山物語 “のさり”の原風景」を観た。「日本最後の秘境」といわれる宮崎県椎葉村は、学生時代に椎葉に伝わる民謡「稗つき節」を歌って知った。椎葉村のキーワード「のさらん福は願い申さん」(有り余る福は受け取りませんの意)については、2006年11月のつぶやきに書いており、その他、私が大事にしているキーワード「足るを知る」もこのあたりに原点がある。
番組では、90歳を超えるおじいちゃんが、蜂蜜を採っている。防具もほとんど着けず、素手で蜂の巣を拾い上げている。それでも蜂に刺されることはない。曰く、「蜂にとって俺は神様、俺にとって蜂は神様」。いきなり現代社会では考えられない自然と人間の関係が描き出された。下に書いた「キツネにだまされる能力」を持った日本人が、まだここにいるのではないかと思わせる。
「のさり」とは、「神様からの贈り物」といった意味らしい。山に入って猪が捕れたのも「のさり」であれば、飼っていたニワトリがテンに食われたのも「のさり」らしい。いいこと、悪いこと含め「のさり」という。番組を観ながら、私は心がいっぱいになっていた。こんな生き方をしてみたい、そう思いながらも届かない理想の姿である。
1月15日 予防注射
インドネシアに赴任するにあたり、必要な予防接種を受けた。先週は4本+血液検査、そして昨日は3本の予防注射をした。一度で4本も注射するのは初めてであったが、左右の肩と肘の裏あたりで、計4本である。ワクチンどうしの相性とかは大丈夫なのか気になったが、医者によれば問題ないらしい。現時点で、特に体調の変化は無い。
一度目の血液検査で、B型肝炎の抗体の有無について調べたのだが、基準値が10以上に対し、なんと285という結果であった。医者も、「滅茶苦茶高い」と驚いていた。「これだけ高ければB型肝炎にかかることはありません」と断言していたが、あまりに基準からかけ離れている。桁を間違えて記載していないだろうかと思った。
これらは近くの大学病院の「ワクチン外来」というところで診察を受けたのだが、大病院のシステムはすごいと思った。巨大なシステムの中で、私たち患者は流れ作業のように、あっちにいったり、こっちにいったりして、ことが進んでいく。病院内の分業化も進んでおり、受付だけをする人、会計だけをする人、処方箋だけをする人、といった感じで分かれていた。
一番驚いたのは「中央採血センター」であった。銀行の窓口のようなところで、番号札で呼ばれた順に血を採られに行く。窓口の向こう側には10人くらいの看護師が、ひたすら血を採っている。これはなかなかの重労働だと思った。
1月12日 日本人ははぜキツネにだまされなくなったのか
「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」(内山節著・講談社現代新書)を読んだ。本書によれば、全国でキツネにだまされたという話が出なくなるのは、1965年ごろだという。本書では高度成長期における日本のさまざまな変化を、原因として検討しつつ、歴史とは、死生観とは、といった哲学的な話に踏み込んでいく。キツネにだまされるということは、単に迷信であったり、過去の人間愚かであるということではない。当時の人々にとってはありふれた話であった。本書では、「キツネにだまされる能力」という表現が登場する。現代の日本人が失った、自然・地域と共有した生命世界における能力である。
小さいころ、母からは、祖父母だか曾祖父母が、キツネにだまされたという話を聞いたことがある。山道を同じところを何度もぐるぐると迷わされた、といった話だったように記憶している。私くらいが、「キツネにだまされた」と言われてピンとくる、ギリギリの世代かもしれない。サチコや優一は、少し前まで日本はキツネにだまされる世界であったこと自体が忘れ去られる世代になり、本書の題名の意味すら分からないだろう。
1月4日 UNDERTALEコンサート
今日は、家族で「UNDERTALE 10周年記念コンサート」を聴きに行った。「UNDERTALE」は、アメリカ人クリエイターのTOBY FOX氏が、ほぼ一人で作成したゲームで、インディーゲームとしては、世界中でヒットした異色作である。我が家では、何年も前にサチコが見つけてきて、その音楽の素晴らしさにハマり、続いて優一が本ゲームのバトルの特徴である「弾幕系シューティング」にハマり、子供たちにつられて妻もハマった。私もサチコに誘われて一度プレイしたことがある。スーパーファミコンくらいのドット絵の映像と音楽でありながら、感情移入できる工夫がされており、ナンセンスな笑いと奥深い世界観もあって、面白いと思った。
今回のコンサートは、妻が行きたがっており、何度か応募して落選したのちに手にしたチケットである。バイオリン奏者でコンサートマスターの河合晃太氏が率いるオーケストラで、およそ2時間にわたりUNDERTALEの楽曲のみが演奏されるプログラムである。バックスクリーンには、ゲームの印象的なシーンが映し出され、聴衆は物語と極上の音楽を同時に受け止めながら心を揺さぶられる。家族で一番のファンであるサチコは、30回は泣いたと言っていた。私もプレイした時を思い出しながら3回くらいは泣いた。優一は、スクリーンに映し出されたゲームの様子を見ながら、退屈せずにいられたようだ。
それにしても、プロの演奏はすごいと思った。パンフレットによれば、奏者達は楽譜はコンサートの1週間〜前日に受け取り、わずか3回の全体練習でコンサートに臨むという。指揮者は不在で、各奏者がイヤホンで共有されるクリック音を聴き取りながら演奏していくという。演奏は、機械的な作業でありながらも、そこからほとばしり出る表現力が、聴衆の心を打つ。職人的な技能と心から湧き上がる表現力が、矛盾することなく共存していることに驚嘆した。
1月3日 初詣
今日は、家族で太宰府天満宮に行った。いつもは自宅から自転車で行ける神社に行くのだが、今年はサチコの受験もあるので、学問の神様にご挨拶に行くことにしたのである。
太宰府天満宮は、大混雑であった。お参りまでの列に並んでいると、福引のコーナーがあった。一回500円で、特賞は「純金うそ鳥」らしい。その他、「天神さまの贈り物」と称して、ブルートゥーススピーカーやら空気清浄機などの特賞が並べられ、神職のアルバイト学生が客寄せをしている。金の匂いがプンプンする俗っぽさに、妻と爆笑した。
お参りをして、全員のお守りを購入し、妻がおみくじをひいたら、大吉であった。今年もよいことがあるに違いない。優一と私は梅が枝餅、妻とサチコはフライドポテトを食べてから、帰宅した。
1月2日 2026年最初のつぶやき
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
昨年のつぶやきにも少し書いたが、今年は私が再びインドネシアに赴任することとなり、3月か4月には単身赴任で家族バラバラの暮らしをすることになる。子供たちが義務教育のうちは、家族帯同での赴任も可能であったが、それ以降のハードルは大きく上がることを実感している。
赴任が決まったこともあり、正月は母が1泊で我が家に来てくれた。レンタカーで駅まで迎えに行き、自宅に行けば、子供たちが待ち構えていた。それぞれが「出し物」を見せたくてたまらないのである。優一は、トランプマジック、太鼓の達人、テレビゲームなどを披露した。サチコは、Ipadでやっている音ゲーや、自作の音楽を見せていた。妻は、ピクミンというスマホゲームを普及した。ついでに私は、フルート演奏を披露した。夕食は、妻が手配してくれた高級おせちに舌鼓を打って、夜が更けた。
次の日、近所のスーパーの2階にあるゲームコーナーに行き、優一の「太鼓の達人」の演奏会が現地で披露された。私も久しぶりに見たが、いったいどうして、こんな難しい曲を叩けるのか、全く理解できない。優一は、簡単な曲から徐々にステップアップするということをしない。いきなり最高峰に突撃し、力技でものにするというスタイルらしい。この日挑んだ曲のひとつが、「彁(か)」という曲なのだが、音楽的な美しさは皆無で、ただただ難しい曲に挑戦したいマニアだけが選ぶ曲である。優一は、クリアはできなかったものの善戦していた。その他、「おまかせ」で選んだ優一自身も知らない曲を、初見でクリアするなどしており、α世代は半端ないと思った。
母と私も、知っている曲を二人で叩いた。母は「かんたん」私は「難しい」を選んだ。久しぶりにやる太鼓の達人は楽しかった。母も「脳トレになる」と、楽しんでいた。優一は私に「思ったより上手いな」と言った。そりゃ、君と一緒に和太鼓をやっているのだから一定のリズム感はある。
そのまま、スーパーで買い物をして、母とお好み焼きを作った。もともとお好み焼き屋をやっていた母の手際は良く、美味しいお好み焼きができた。我が家のホットプレートの癖もすぐに把握し、この辺りは温度が低いとか言いながら、こまめにお好み焼きの位置を変更するなどして、美味しく焼いてくれた。
短い時間であったが、充実した時間であった。遠くから来てくれた母に感謝である。
topへ