2005年
6月のつぶやき




6月27日 故郷へ

 先週末は3連休を作って故郷の兵庫へ帰った。木曜夜の夜行バスで新宿を発ち、金曜の朝に神戸に着いた。

1日目

 金曜日は、有馬温泉に行った。祖父から「虫地獄 鳥地獄」というのがあるという話を聞き、行ってみようという話になった。名前からして凄い名所のような気がする。しかし、道がよく分からなかった。獣道を分け入ってやっとたどり着いたと思ったら、「虫地獄 鳥地獄」という石碑が小さく立っているだけで、何も無かった。祖父曰く「昔は湯気が出ていた」そうである。

 その後は、元町の「赤萬」という餃子屋で餃子を食べた。「赤萬」は神戸でも有名な餃子屋なのだが、店構えは汚く、一見今にも潰れそうである。母が若い頃からやっているらしい。

 餃子は美味しかった。目の前ではオバハンが雑談をしながら餃子を包んでいる。餃子に対するうんちくは何もなく、特別な材料を使っているわけでもなさそうなのに、何故こんなに美味しいのだろう。関西の料理の不思議さである。

2日目

 土曜は父と明石で落ち合い、「広洋軒」というラーメン屋で昼食をとった。ここは父が高校生だった頃からやっている店で、店構えは汚く、メニューはラーメンと焼きソバしかない。私も明石に住んでいた頃は大好きで、よく連れて行ってもらったものであった。

 しかし、改めて味わうと、たいして美味しいものでもなかった。ただ、味と雰囲気は懐かしかった。

 その後は、いきなり昼酒を飲み、実家に帰って昼寝をした。

 夕刻起きて、散歩をすることにした。私の故郷は「明石市魚住町清水」という非常に美しい名前である。住んでいる頃はなんとも思わなかったが、改めて思えば美しい響きである。散歩していると、私が住んでいた頃よりも田んぼは非常に少なくなっていたが、故郷の雰囲気は変わっていなかった。

 夜は、「探偵ナイトスクープ」を見た。「探偵ナイトスクープ」は、関西限定のTV番組で、視聴者の依頼や疑問に「探偵」が答える番組で、非常にばかばかしくて面白い。関西では知らぬものはいない。勿論、出演者の9割は関西弁である。

 今日の依頼は、小学生の男の子からで「ヘリウムガスを吸うと人間の声は高くなるが、果たして犬の鳴き声も高くなるのか、調べて欲しい」という、どうでもいい依頼であった。

 その検証の為に、ヘリウムガスを充満させた小さなビニールハウスを作り、その中に犬を連れ込み鳴かせた。他にも中で九官鳥に喋らせたり、坊さんにお経を唱えさせたりして面白がっていた。

3日目

 日曜は大阪駅でカレーを食べて帰ろうと思っていた。大阪出身の後輩が「梅田地下街のインデアンカレーが美味しい」と言っていたのである。そのことを父に告げたところ、父もついてくることになった。父は最近カレーに凝っており、店を見つけるたびにカレーを食べて星の数で評価しているらしい

 カレーは美味しかった。しかし、カレー通の父に言わせれば、「コクが足りない」らしい。

 その後、梅田の地下街で串カツを食べた。驚いたのは、立ち飲み屋なのに、昼間から凄い繁盛振りだったことである。客の顔は、暖簾に隠れて見えないようになっており、「昼間から駅で飲む」ことの後ろめたさを解消しているのかと思った。しかし、暖簾の下から尻だけを出して大勢が飲んでいるというのは、やはりおかしい。

 その後は、新幹線に乗り、家路についた。のんびりした3日間であった。少々過食生活が続いたので、寮についた後マラソンをして寝た。


6月19日 「4日間の奇跡」

 今日は映画「4日間の奇蹟」(佐々部清監督)を見た。驚くべきピアノの才能を持つ脳障害の少女、千織(尾高杏奈)と、彼女を助ける為に手指を打たれた天才ピアニスト、如月敬輔(吉岡秀隆)、そして慰問先の療養センターで働く岩村真理子(石田ゆり子)の織り成す、不思議で感動的な物語である。

 いい映画だと思った。映画の舞台である、海辺にひっそりと佇む教会のシーンだけでも、泣きたくなる程美しい。見ながら何度も泣いた。もし部屋でひとりで見ていたら、号泣していたに違いない。

 凄いのは、千織役の尾高杏奈の演技とピアノの演奏であった。ピアノは滅茶苦茶上手かった。そして、脳障害を持つ「千織」役と、千織に心が乗り移った「真理子」役を見事に演じ分けている。まるで別人のようである。

 見終わると、晴々とした気分になった。席を立つと、映画が終わってもなお最前列で号泣し続けているじいさんがいた。よほど感動したのであろう。


6月12日 タザワ横浜に来る

 今週末は新潟県職員のタザワが研修で東京に来ていた。土曜日に飲み会をしようと人を集め、八時開始としたところ、昼頃彼から電話があった。タザワ曰く、

「おれは八時まで何をしていればいいんだ!?」

 要約すれば「ヒマだから遊ぼうよ」と言っているのである。数年ぶりに聞くこの言い回しは懐かしかったが、あいにく用があった為、「そのくらい自分で考えろ」の言って切った。

 土曜は深夜まで飲み、日曜日はYTBの練習に行った。タザワはスカイスパなどで時間を潰し、殆ど寝ていないらしい。練習後は横浜でラーメンを食い、西口に向かう途中、私達はゲーセンの外に人だかりが出来ているのを見て足を止めた。

 人だかりの原因は、ビートマニアを凄いパフォーマンスでプレイしている少年であった。音楽に合わせてボタンを押すだけのゲームなのに、彼はカッコよくポーズを決めたり、回転したりしている。そのナルシストぶりがたまらなく面白いと思った。しかし、それ以上に面白かったのは、彼を見ている観客の反応が千差万別だったことであった。

・「すげー」と言って見入る青年
・「かっこいー」と黄色い声を上げる女性
・面白がってゲラゲラ笑っているカップル
・「きも〜い」と言って通り過ぎる部活帰りの女子高生
・黙ってじーっと見てるオッサンetc…

 よく見ていると、10人くらいの「ビートマニア」のマニア集団がおり、彼らが入れ替わり立ち代りプレイしているようであった。年は高校生くらいであろうか。普段は「プレステ」なんかで猛特訓を積んでいるに違いない。そして、今日はその練習の成果を試す「発表会」だったのかも知れない。

 よく考えると、私達が太鼓や笛の練習をしてステージに出るのとなんら変わりは無いのである。


6月5日 「交渉人・真下正義」

 2日続けて映画を見た。実は家の近くにいい映画館を見つけたのである。寮から電車で3駅行き、そこから徒歩15分くらいのところにある巨大なシネマ・コンプレックスである。定期券圏内の為、交通費はかからない。

 何がいいかというと、とにかく空いているのである。最近「なぜさおだけ屋は潰れないか」という本を読み、大いに納得したが、「なぜシネコンは潰れないか」と思う程、規模だけが空回りしている。昨日行った時は、客は殆どいないのに、なぜかチケットをもぎる役の社員が5人もいて驚いた。

 今日は、仕事を終えてレイトショーで「交渉人・真下正義」を見た。ハッカーにより東京の地下鉄が乗っ取られるという、パニックムービーである。

「交渉人・真下正義」では「レインボーブリッジを封鎖せよ」のようなメッセージ性は無く、どちらかと言えば、場面展開の爽快さやスリルを楽しませる方に重きが置かれている。しかし、もし敢えてメッセージ性があると言うなら「仕事人の勘」であろうか。

 「勘」というのは、単なる当てずっぽうではなく、「それまでの経験を総合して導き出された理論的・確率論的により確かな結論」だと思う。

 実際の仕事で、アイディアの根拠を聞かれて「勘です」と答えたら、間違いなく怒鳴られるだろう。映画だからかっこいいのである。しかし私は、アイディアの根拠は「勘」だと思う。理論は、「勘」の確かさを証明する為の手段であり、「勘」を人に納得させる為の修辞術に過ぎない。

 この映画は、「勘が大事だ」とは主張しない。「勘かよ!」と突っ込まれつつ事件を解決していくのである。

   真下正義の魅力は、非常に聡明でクールなのに、一見ごく普通の人というところであろう。そして深層心理に底知れぬ不可解さを秘めている。それを表すのが最後のシーンだと思う。結局犯人のことは何一つ分からずに映画は終わる。その「分からなさ」が真下正義自身の「分からなさ」と重ね合わされるところが奥深いと思った。  


6月4日 「世にも不幸せな物語」

 今日は映画「世にも不幸せな物語」(レモニー・スニケット原作、ブラッド・シルバーリング監督)を見た。題名からしておどろおどろしい。私は、映画が始まるまでかなり身構えていた。一体どんな恐ろしい話が語られるのか。破滅的な救いようの無い話が語られるのか。

 と思ったら、そうでもなかった。確かにストーリーには残酷な部分もあるが、そういったことは殆ど語られない。基本的には、次々と襲ってくる災厄に3姉弟が知恵と勇気を振り絞って立ち向かう、極めて前向きな物語であった。そして、全編を通してユーモアに満ちている。

 後で知ったのだが、原作は児童文学らしい。時代・場所等の具体的な場面設定は無く、自由奔放なファンタジーの世界である。そして、それゆえに得体の知れぬ恐ろしさも感じさせる。子供時代に見たら、夢に出てきそうな気がする。

 それにしても、「血と骨」の方がよっぽど不幸だと思った。

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