2005年
12月のつぶやき




12月31日 2005年最後の日

 2005年最後の日は、ひとりで狭山スキー場に行った。狭山スキー場は埼玉にある人工スキー場で、寮から電車で40分くらいのところにある。来年会社の人とスノーボードに行くので、その為の練習をしに行った。実は、昨年蔵王に行った時はみんなとはぐれ、宿までのゴンドラの最終便に間に合わず、その後のスタッフの為の便に乗せてもらうという醜態をさらした為、今年こそは周りの人に迷惑をかけないようにしなければならないと思ったのである。

 リフト券は3時間券である。実際に滑ってみると、リフトに乗っている時間が2分半、リフト待ちが2分、リフトを降りてボードを装着する時間が1分、滑っている時間は30秒も無いであろう。3時間で30回くらいは滑れることになる。

 一回目は全く滑れず、こけまくった。二回目は感覚を思い出し、滑れるようになった。三、四回滑ると、飽きてきた。まだ20分くらいしか経っていない。

 私は、楽しむ為ではなく、訓練する為に来たと思うことにした。そう思えば、飽きたかどうかなど関係無い。逆に気が楽になった。リフトに乗っている間休んでいると思うと、休憩する気にもなれず、3時間弱、滑り続けた。

 それにしても、なんの変哲も無い大晦日であった。大晦日だからガラ空きかと思ったら、結構人がいたのが意外だった。普段はもっと混んでいるのであろうか。


12月28日 「72時間@渋谷ハチ公広場コインロッカー」

 何となくテレビを見ていると、NHKでハチ公前のコインロッカーでカメラを丸三日間回し続け、コインロッカーを使用する人々の人間模様を取材するという、不思議な番組をやっていた。取材期間は9月9日から9月11日、自民党が圧勝した衆議院選挙の模様が伏線として描かれている。

 いい番組だと思った。日本に興味を持って来日し、インターネットカフェで寝泊りするイギリス人、就職面接の為宮崎から上京してきた若い女性、恋敗れたアゼルバイジャン人男性等々が、どちらかと言えば淡々としたタッチで描かれる。

 最後は12日の朝、拾い集めた雑誌をコインロッカーに集め、路上でそれらを50円で売りさばき、売ったお金で今日の酒代を稼ぐホームレスの姿が映されていた。そして、それを対比する様に「日本列島に衝撃」「自民党圧勝」等の見出しの新聞を映す。

 凄いと思うのは、日本中が選挙を向いている最中に、全く違う目的で三日間もカメラを回し続ける企画を思い付き、実行に移した人がいたということである。「『日本列島に衝撃』と言ったって、みんないつもと変わらず生きているんだぞ」と、この番組は言っているように思えた。メディアによる自己批判とさえとれる。そういう視点を大事にしたいと思った。


 話は変わるが、その前は「プロジェクトX」最終回を見ていた。最後は中島みゆきが登場し、「ヘッドライト・テールライト」を歌っていた。中島みゆきがテレビで登場するのは珍しい。紅白以来であろうか。

 中島みゆきが可哀想だと思った。彼女の著書を見る限り、恐らく彼女はこういう場が大の苦手である。


12月26日 「流れ星・銀」

 「流れ星・銀」をヤフオクで買って、一気に読んだ。「流れ星・銀」は、高橋よしひろ氏の少年マンガで、1980年代に少年ジャンプで連載され流行った。主人公「銀」が全国で仲間を集め、宿敵の熊、「赤カブト」を倒すという物語である。好きなマンガだったが、断片的にしか知らなかったので、今更ながらその全貌を知りたくなったのである。

 「赤カブト」を倒した後も話が続くことを、初めて知った。しかも、どんどん話がおかしくなってくるのである。「赤カブト前」まではせいぜい「人間しか出来ないはずのことを事を犬がやっている」程度であったが、「赤カブト後」は、人間でも出来ないことを犬がやっているのである。犬が竜巻を起こしたり、妖術を使ったり、タイヤみたいにぐるぐる回って体当たりしたり、少年マンガ特有の「間違った進化」をしていた。

 「赤カブト後」は、面倒臭くなってだらだら読み飛ばした。

 この「つぶやき」を書いている間、「NEWS23」では、筑紫哲也が「メイド」に連れられて秋葉原に行き、「オタクショップ」や「メイドマッサージ」等を体験しながら意見を言っている。筑紫哲也はマッサージされながら、「渋谷には窓が沢山有るけど秋葉原には窓が無い」と、持論を述べていた。筑紫哲也は紳士だなぁと思った。

 その後は、私が今年知った唯一の芸人「レイザーラモンHG」も映っていた。今年も色々有った1年だったなぁと思った。


12月25日 お礼とお詫び

 久しぶりに、「つぶやき」をどう書けばいいか分からず困った。困った挙句の文章が以下。

 今週末は久しぶりに2日連続飲み明かしました。どちらも全くのサプライズ飲み会でした。祝福してくれた方々、本当にありがとうございました。せっかく花束を用意して下さった、イラハさん、シゲオさん、うっかり蹴っ飛ばした無礼をお許しください。せっかく写真を撮って下さった方々、冴えない顔で映ったことをお許しください。どうもみんなと同様、人を喜ばせるのは好きなのですが、人に喜ばされるのは苦手で、反応に困りました。もう少し、素直な反応をすれば良かったと、反省しております。それでも「予想通りの反応をしてくれた」などと言ってくださり助かりました。今後は、もう少し機転の効いた反応が出来るようにしておきますので、よろしくお願いします。




12月21日 無題

●ドラマ「1リットルの涙」最終回をビデオに撮って見た。私が「1リットルの涙」に大きな衝撃を受けたのは下にも書いたとおりだが、テレビドラマは見たことが無かったので、録画予約をして見たのである。

 しかし、10分くらいで見るのをやめてしまった。ドラマや映画を見る際、結論を知るのがただの好奇心になってしまったら終いなのである。「1リットルの涙」は、こんなきれい事ではないと思った。同時に、このドラマに対する批判が私の中に猛烈に沸きあがってきた。

 しかし、良く考えると、私だって亜也さんの気持ちはなにひとつ分かっていないのである。私が作品を云々言う資格など無いのである。

●「みずほ証券」が、ジェイコム株「1株61万円」を間違えて「61万株1円」と入力し、市場に大混乱を起こしたのは記憶に新しい。原因は、入力担当者が画面上に警告メッセージが出たにも関わらず、それを無視して続行したことによる。

 ではその入力担当者が大馬鹿者なのかと言うと、そうではないと思う。普段は見かけないエラー表示が出たら、普通は躊躇するはずである。こういう問題が起こるということは、ソフト上問題があって、毎日のように同じエラーメッセージが出ていたのではないかと思う。

●多くの人を危険にさらしているのだから、姉歯氏が叩かれるのは、当然である。しかし、彼が悪人かと問われると、必ずしもそうは言えない。

 12/6の朝日新聞では、彼の人柄についての記事が載っている。彼は、母との二人暮しが長く、結婚式では「母の喜ぶ顔が見たくて一生懸命勉強した」と語ったらしい。そして、彼には病気がちの妻がいて、その為に一文無しになる訳には行かず、正義を曲げることに苦しんだ。恐らくどれも嘘ではないだろう。

 では、木村建設の篠塚東京支店長が圧力をかけたのは悪かというと、そうとも言い切れない。コスト削減を迫るのは会社の為である。それは、会社から給料をもらう自分の為でもあり、ひいては自分の大事な家族の生活の為でもある。勿論、証人喚問で指摘されたように、法遵守が前提であるが。

 証人喚問で証言に食い違いが出たと各種メディアは報じたが、そうではないと思う。少なくとも姉歯氏と篠塚氏はどちらも嘘を言っているとは思えない。違うのは、同じ事実に対するそれぞれの認識だけだと思う。


12月18日 暖房を使う

 何度も書いているが、私は寒さに弱い。しかし、慣れれば大したこと無いと思い、暖房を使うことなく我慢していた。寒い時は厚着をする、毛布をかぶる等してしのいでいた。しかし、ついに耐えられなくなり、昨日から暖房を使い始めた。

 一度使い始めると、やめられなくなった。まるで麻薬である。自分の弱さを痛感した。一応は環境省の推奨する20℃設定にし、扇風機を仰向けに倒して回し、空気を循環させることで暖房効果を高めるようにしている。

 ともあれ早く冬が終わることを願うのみである。


 年賀状を書く

 今日は年賀状を書いた。とは言っても、去年と同様両面ともパソコンで作成し、プリントアウトしただけである。

 年賀状を書きながら、年賀状を書く意義について考えた。どうせ両面ともパソコンで作るのならば、メールで送信すれば資源節約にも役立つ。また、そもそも年賀状を送らなかったからと言って、急に人間関係がこじれるということもありえない。年賀状をもらう気持ちというのは、渡す気持ちよりも遥かに鈍感である。

 それでも年賀状をわざわざ書くのは、自分の為である。今年一年を振り返り、お世話になった人に改めて感謝することが大事だと思う。

 しかし、そもそもこんなことを考えるのは、私が面倒臭がりで、「年賀状を書きたくない」と思っているからである。


12月17日 「リコーダー部」

 今日は「リコーダー部」というサークルの見学に行った。「リコーダーの広場」というサイトでたまたま見つけたのである。「笛部」とネーミングのセンスが似ているので親しみを感じ、「リコーダー部長」にメールを送ったところ、見学させてもらえることになった。ちなみに「笛部」という名前は、誰が付けたでもなく、いつの間にかそういう名前になっていたのである。

 もしかしたら、リコーダーを吹いている大人というのは、怪しい部類に入るのかも知れない。笛部でも、ステージでは出来るだけ爽やかな雰囲気を出せるよう、@立って演奏する A出来るだけ暗譜をして前を向いて演奏する B歌も入れる Cお洒落をする 等心がけている。リコーダーのマイナス要素を払拭しようと努力している。

 今日出会った人たちは、みんな本当に楽しそうにリコーダーを吹いていた。社会人が多く、年代は私と同じくらいだと思う。みんなインターネットで知り合ったらしく、ネット上のあだ名で呼び合うのが不思議な感覚だった。私はホームページのタイトルからして思いっきり本名なので、本名で呼んでもらう。

 「ゲリラライブをやることがある」と聞いて驚いた。道端で突然始めるらしい。すると珍しがって足を止める人が結構いるという。確かに珍しい。笛部でやってみようと思ったことはあるが、出来ないと思って諦めた。

 楽しいひとときだった。練習は毎週一時間、これからも参加しようと思った。


12月13日 ホーミーを練習する

 昨日からホーミーを練習し始めた。全くの思い付きである。ホーミーとは、ひとりで同時に複数の声を出すという、モンゴルの伝統的な歌唱法である。ユニクロのCMで、草原で民族衣装を着た人が不思議な声を出しているのがホーミーである。

 練習し始めたと言っても、ただインターネットで見つけた練習法をその通りやってみただけである。ひとりで複数の声を出すなんて、絶対不可能だと思っていたら、その通りにやるだけで、すぐにそれらしい真似が出来るようになった。指笛よりも垣根が低いと思った。

 声を出す一人遊びとしては、口笛や鼻歌よりも面白いと思った。なにせひとりで和音が作れるのである。とは言っても音質が全く違うのできれいにハモれる訳ではないが。

 風呂でやったら気持ち良いのではと思い、早速風呂で「ホーミーもどき」をやってみたが、口笛の様に響かないので、期待はずれであった。

 次は、ホーミーのCDでも手に入れて研究してみようと思う。


12月11日 週末

 土曜日は、朝から「ふるさと中村音楽祭」に参加した。笛部でステージに出るのは久しぶりである。「ふるさと中村音楽祭」は、練馬中村地区の人たちによる手作りの音楽祭で、暖かみのある音楽祭である。今年も小学生による太鼓や日本舞踊、中学生姉妹によるピアノ連弾、老人による愛唱歌斉唱など、ほのぼのとした演奏が多かった。

 しかし、何故か舞台に妙な不自然さがあると思った。なんだろうと思ってよく見ると、舞台上に大きく「ふるさと中村音楽祭」と書かれた横断幕の「祭」という字が間違っており、「祭」と「発」を合わせた様な漢字になっていた。

 帰りは、私が「幻のトンカツ屋」と呼んでいるトンカツ屋で食事をした。何故幻かというと、トンカツは美味しいのに、休みが多く、滅多に開いてないからである。

 この日は、夕方から高校時代の柔道部の忘年会があったので、会場である町田に向かった。卒業以来会っていない様な先輩も来て下さり、盛り上がった。目上の人を「○○先輩」と呼ぶ感覚も懐かしかった。先輩や同期の職業は、弁護士、お笑い芸人、セラピスト、次期社長、警官etc…色々な人生があるんだと思った。色々懐かしい話もしたが、すでに覚えていないこともあった。

 部活の話で多く出たのは、「いくら辛いことがあっても高校時代の部活に比べればと思うと耐えられる」であった。例えば、合宿に行くと、3食ともご飯をどんぶりで大盛り3杯位食べさせられ、吐きに行くと「吐いた分もっと食え」と言われたし、毎日全裸で体重を測らされ、少しでも落ちていると、「食う量が足らん」と言っては殴られた。他にも理不尽なことは多々あり、今思えば無茶苦茶であった。

 終電までには帰るつもりだったのだが、ついつい3次会まで行ってしまった。3次会のカラオケでは、「オリコンヒットチャートメドレーを順に歌っていき、歌えなかったら飲む」というゲームをしていた。私はヒット曲など殆ど知らないので、大いに飲んで、寝てしまった。明け方起こされ、私が寝ている間、両鼻にタバコを突っ込んだ状態で撮影した携帯の写真を見せられた。体育会系のノリだなぁと思った。

 始発に乗って、小田急を新宿に向かったと思ったら寝てしまい、小田原で駅員に起こされた。次も寝てしまい、折り返して向ヶ丘遊園まで行ってしまった。

 始発に乗ったのに、家に着いたのは11時頃であった。


12月7日 「1リットルの涙」を読んで

 「1リットルの涙」は、15歳で脊髄小脳変性症を患い、25歳という若さで亡くなった、亜也さんという女性の日記である。「脊髄小脳変性症」とは、精神は健常にもかかわらず、徐々に運動能力が失われ、ついには寝たきりとなり、さらに進むと喋ることや食べることさえ出来なくなって死に到るという、残酷な病である。

 この本を読んで、私は大きな衝撃を受けた。彼女は鉛筆が持てなくなると、フェルトペンを掴んで日記を書き、それも出来なくなると文字盤を指差して意思表示をしたという。そこには、病を誰かのせいにしたり、周りの人を傷つけるような記述は全く無い。あるのは、生きようとする意志と、自分を支えてくれる人に対する深い感謝である。

 体が健康な時や、心に余裕がある時に人を思いやったり、優しくしたりするのは簡単である。しかし、自分の体が思うように動かない、しかも、それが治る見込みも無いどころか、悪くなる一方である状況で平常心を保ち、自分を律することが出来る亜也さんが凄いと思った。

 文章は、奇蹟的な程美しい。そこには繊細な感性が散りばめられている。彼女は、文字盤で「私の使命がまだひとつ残っている」と指差し、死後に献体することを決心したという。「将来は人の為になる仕事をしたいのに、叶わなかった」と語る彼女の本は、多くの人に勇気を与えている。


12月4日 MP3プレイヤーを買う

 今日は、新宿までMP3プレイヤーを買いに行った。もうすぐボーナスなので自分へのご褒美である。音楽が聴きたかったというよりは、笛部の練習など音楽練習用として使いたかった。

 はじめはICレコーダーを買おうと思い、インターネットで調べていたが、ICレコーダーは会議やインタビュー等、人の話し声を録音する為のもので、音楽の録音には向かないとのことだった。更に調べていると、「IRIVER(アイリバー)社」のMP3プレイヤーが音楽練習の録音に良いという情報を得た。

 早速新宿センタービルのIRIVERショップに向かった。店員と話していると、「試しに録音してみますか?」と言うので、念の為持って来ておいたリコーダーを取り出して吹いた。恥ずかしかったが、間違った買い物をするわけにはいかないと思った。こんなところでリコーダーを吹いた者は後にも先にもいないであろう。店員は「懐かしいっすねー」と驚いていた。

 結局店員が勧める「iFP890」という機種に決めた。メモリは256MBである。置いてある中では容量は最小だったが、それでも60曲くらいは保存出来るらしい。十分である。数ギガバイトのメモリを買う人は、一体どれだけ音楽を聴くのだろうと思った。

 アウトレット品を買ったので、値段はなんと3980円であった。「価格.com」の最安値でも6800円だったので、滅茶苦茶お買い得である。以前買った安物のカセットレコーダーよりも安い。2万円までは覚悟していたので、いい買い物をしたと思った。


 猫マンマ茶漬け

 私は酒の肴としてだし用の煮干しを買うことが多い。だし用の乾物は、つまみ用のそれよりも安いし、塩分が控え目で体にも良さそうだからである。

 この前スーパーに行ったら、煮干しよりも鰹の荒節の方が割安だったので、鰹節を買った。しかし、早速食べてみると、塩味が薄過ぎてボソボソだったので、醤油をかけて鰹節を食べている。

 ある時、醤油付けにした鰹節を茶碗に入れ、その上から「佐藤のご飯」を乗せてレンジで暖めた後、「永谷園のお茶漬けのり」を使って茶漬けを作ったところ、非常に美味しかった。

 今この「つぶやき」を書きながら、「醤油鰹節」を肴に焼酎を飲んでいる。至福のひとときである。


 「ジョニー人形」

 MP3プレイヤーを買った後、新宿駅西口を歩いていると、人だかりが出来てやたら盛り上がっているところがあった。見ると、厚紙で作られた人形がぴょこぴょこ立っている。上から吊られている様では無く、不思議であった。

 それだけでも不思議なのに、その人形に「立て」とか「寝ろ」とか命令すると、その通りに動くのである。トンボ返りもしていた。見ている高校生達が面白がってしきりに、「立て」とか「寝ろ」とか命令している。ありえない光景が目の前にあった。しかも、その間人形を売っているニイチャンは、携帯で電話していたり、タバコをふかしたりしており、何か仕掛けをしているとは思えない。

 私は、仕掛けが知りたいと思った。「手品のタネを知りたがるのは無粋」とか言う人は、間違っている。人間は知的動物である。好奇心が学問を進歩させ続けてきたのである。手品のタネを知って「なぁんだ〜」とは思わない。むしろ、そういう発想を思い付いた手品師に敬意を覚える。千円払ってこの「ジョニー人形」を買えば、その仕掛けが分かるらしいのだが、それではあまりに悔しい。

・人形を吊っている糸らしきものは見当たらない。
・電池等は使っていないとのこと。
 ⇒磁力又は静電気力か?
・販売人が何かしているようには見えない。
・音声を検知する仕組みがあるとは思えない。
 ⇒観客の中に別の仕掛人がいる?

 分からない。悔しい。


12月3日 秩父夜祭に行く

 久しぶりに秩父夜祭に行ってきた。学生時代は3回行ったが、会社に入ってから行くのは初めてである。今は西武秩父駅まで電車で1本のところに住んでいるので、気軽に行ける。

 私は最近涙もろくなったのか、曳山が動き出すのを見て思わず泣けてきた。秩父夜祭は、初めて見た時と何も変わっていないように思えた。酒を飲んで大いに盛り上がりながら曳山を曳く若者、それを後ろから見守る年長者、そして、外を見ることすら無く、曳山の中で秩父屋台囃子を演奏し続ける囃手達、同じ町に住む彼らの絶妙なコンビネーションで曳山は進み、曲がり、坂を登るのである。こういった地元の絆が、私には羨ましい。

 曳山が有名なのであまり意識されないが、秩父夜祭の花火はとにかく凄い。その規模は横浜の花火大会を遥かに凌ぐのではないかと思う。秩父夜祭のポスターにある様な、曳山の後ろから花火が打ち上がる写真を撮ろうと思ったが、上手くいかなかった。


12月2日 ホームページに来て下さる方々

 ホームページを始めて4年になる。訪問者の殆どは身内の人なのだが、たまに見知らぬ人から連絡が来ることがある。こういうことがあると、とても嬉しい。

●今日「『アンデスの旅人』で検索していたらこのホームページに辿り着いた」という方からメールを頂いた。「私の好きな曲」の中にアンデス民謡の「Sariri」という曲を載せており、ここに辿り着いたらしい。広島でリコーダーをやっている方だと言う。

●かなり前の話だが、「木遣唄を探していたら私のホームページに辿り着き、『生音』に載せている私の歌を聴いた」という方の書き込みを頂いたことがあった。その方は「本物の木遣唄が聴けてよかった」と言って下さり、さらにその後、木遣唄を覚えて友人の結婚式で披露したらしい。あんな歌で申し訳ないと、心から思った。

●青ヶ島に行った時、丁度一緒の旅程のご家族にお世話になった。ご家族と別れる時、私の名前を伝えてホームページを持っている事を伝えると、東京に戻ってからメールを頂いた。ご家族は教会を運営しており、教会のコンサートに行く等、関係を持つことが出来た。

●突然テレビ局の方からメールを頂いた。「写真館」に載せている三宅島の牛頭天皇祭の写真を番組で使いたいという申し出だった。写真提供者はタザワなので、彼の確認を取った後、了承した。放送されるときにはビデオ録画しようと思った。


 「風のハルカ」

 最近NHKの連続テレビ小説「風のハルカ」をビデオ録画して見ている。NHKの連続テレビ小説をきちんと見るのは、初めてである。

 ドラマは、多少安っぽい。15分で一応の見せ場を作る為には、多少強引にならざるを得ないのかと思った。それでもこのドラマを欠かさず見ているのは、一貫した人を肯定する描き方に惹かれたからである。

 レストランを開くという夢を求め、妻に見限られる父、夫を見限って自分らしく生きたいと思う母、自分の生きる意味を探すヒロイン、老舗旅館を飛び出してバイト生活を送る幼馴染みの馬鹿息子、このドラマでは誰も否定的に描くことが無い。父から30万円を騙し取った詐欺師の女性でさえ、美しく描かれている。このドラマは、常にそういう優しさに満ち溢れている。

 ヒロインが子供時代を過ごした由布院というところは、美しいなぁと思った。由布院の美しさが、このドラマのアクセントになっている気がする。一度行ってみたいと思った。

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