2026年
8月のつぶやき
8月25日 無題
私たちは今、一番幸せな最後の時代を生きているのかもしれないと思う。創作活動に関して言えば、AIが創作の手助けをしてくれ、仕事ではAIが資料を作ってくれたり、必要な知識を授けてくれたりする。しかし、AIが私たちの創作活動や、仕事の全てを代行し始めたら、私たちは幸せであろうか。将来、私たちはAIが次々と生み出す映画や音楽を鑑賞し、人間が創作する意味が失われるかもしれない。
今日の朝日新聞では、AIが人類を滅ぼす可能性について、1面で報じられていた。AIが自身のプログラム改善をするようになれば、AIの性能向上が止まらなくなり、AIが人類を排除する方向に動き始める可能性があるという。AIは、生活に欠かせないツールになると同時に、核兵器級のリスクをはらむ。SFの世界が現実になりつつある。
久しぶりにリコーダー4重奏を編曲して吹いた。下に書いた、今プレイしている「いけにえと雪のセツナ」のBGMのひとつである。レトロ系RPGだけあって、音楽はシンプルで美しい。リコーダーの多重録音を初めてYoutubeにアップしたのが、約14年前だが、その時のスタイルそのままである。今や、「変わらないこと」の価値が薄れつつあるが、好きなものは好きなままでいたい。
いけにえと雪のセツナ リコーダー4重奏
https://youtu.be/EsSQiKWOe0Q?si=BL1uOPSHJU_uNMLH
8月25日 ピッコロ
先週の吹奏楽の練習の後、ピッコロを吹かせてもらった。ピッコロは、フルートの半分の長さで、フルートのオクターブ上の音が出る。篠笛で言うと、八調子くらいの高い音が出る。ピッコロ奏者が少ないので、ぜひやってほしいということであった。通常、ピッコロはグラナディアという木材でできているが、吹かせてもらったピッコロは「グラナディッテ」という、プラスチック樹脂でできているらしい。私がピッコロを敬遠していた理由のひとつが、木製のためメンテナンスが難しいことであったが、樹脂製であれば吹いてみたいと思った。何より私は、笛を吹くのが好きである。せっかくの機会だから、色々な笛を吹いてみたいと思った。
今日は、インドネシアの祝日である。ジャカルタでピッコロを買ったというフルートメンバーに、管楽器屋さんの場所を教えてもらい、千ドル程度の楽器を買うことについて妻の許可を得たうえで、電車で1時間くらいのところにある管楽器屋さんに向かった。電車は、日本の車両が使われており、最近は運行システムもしっかりしている。電車に乗ると、なんだか日本に一時帰国したような気分になれるので好きである。久しぶりに高価な買い物をするので、昨夜はあまり眠れなかった。
行ってみると、楽器屋は閉まっていた。チャットアプリで連絡してみると、祝日は閉店しているとのことであった。先に確認しておけばよかった。残念であったが、久しぶりに電車に乗り、よく歩けたので良しとすることにした。
8月17日 PAN
以前にも書いた通り、インドネシアに来てからも、母とのオンライン合奏練習は続けている。6千キロも離れているのに、ほとんど遅延することなく、合奏ができるのは本当に不思議である。今回、ようやく合奏が出来たのでアップした。練習はオンラインで行うが、完成品を作るには雑音が多いため、録音は母にギターのみ録ってメールで送ってもらい、それにフルートを重ねて多重録音する形にしている。
PAN!(J.ドンジョン)フルート&ギター合奏
https://youtu.be/QlevrljYIds?si=alG2BkyhS3OnGPJ8
8月16日 無題
インドネシアに住んでいると、宗教のことを考えないわけにはいかない。
2017年5月のつぶやきには、FACEBOOKに書かれた十代の少女の文章の全文翻訳や、となりのトトロをインドネシアの映画館で観た感想などが書かれている。当時、私はインドネシア語検定の勉強をしており、インドネシア語のスキルが一番高かった時期である。
彼女の文章を通じて、インドネシアがこれほどの他民族・他宗教のなか、問題を抱えつつも崩壊することなく、国家として維持できていること自体が驚異的であることを実感した。インドネシア語字幕で「となりのトトロ」を観たからこそ、実はアニメ内に宗教的行為がいくつも描かれており、私たち日本人の多くが無宗教なのではなく、それを宗教的行為だと気付かないほど、生活の中に宗教が溶け込んでいることを実感した。
今日は、明日のインドネシア独立記念日を先取りして、お祝いの一環として子供たちの柔道の試合が行われた。8時開始で時間厳守、と言っていた割には、始まったのは9時過ぎであったのは、いつものことである。大人も子供も、独立記念日を祝う赤いTシャツを着ている。国歌斉唱は、みんな大きな声を出して、晴れやかな表情で歌っていた。そこには、宗教も政治信条も関係ない。
うらやましいなと、思った。まさに「祝日」である。日本には、こんなにみんながひとつになって、晴れやかに祝うような祝日はみあたらない。日本では、「愛国心」という言葉に、きな臭さがただよう。そして、国家や国旗それ自体に、保守的だとか右翼的だとかいったイメージが付きまとう。本来、国家や国旗に右も左も保守もリベラルも関係無いはずである。
さて、上記の柔道の試合は、始まりが遅れ、終わりも遅れ、さらには昼食後に急遽団体戦もやるみたいな話になり、さすがに我々オッサン連中は付き合いきれず、昼食を食べに行って解散した。
8月9日 オッペンハイマー
「我は死なり。世界の破壊者なり」
10代のころ、テレビで観たドキュメンタリー番組で、世界初の原爆実験を成功させた、ロバート・オッペンハイマーが発したとされる言葉があまりに強烈で、ずっと私の中に残り続けている。2023年に同名の映画が公開されてから、ずっと気になっていた。昨日、アマゾンでレンタルして「オッペンハイマー」を観た。
映画の内容はかなり入り組んでいて、時代が交錯し、理解が難しい。映画を観た後、解説サイトを確認してようやく概要を掴むことができた。この映画は、反戦映画ではないし、原子爆弾を絶対悪としてとらえ、その悲惨さを伝えるものでもない。
アインシュタインが発見した理論により、質量欠損がいかに膨大なエネルギーを放出するかが明らかになった。原子爆弾の開発は、人類が手にした新たな物理理論を実践してみたいという知的好奇心であり、自分たちが先んじてやらなければ、ドイツやソ連に先を越されるという焦燥であり、速く戦争を終わらせて兵士を帰還させたいという希望でもあった。
結局、オッペンハイマーの真意はどこにあったのかは、本映画では語られない。それでも、それぞれの場面からは言葉にならないメッセージが伝わってくる。映画のテーマからして、当時の状況にについての一次資料は膨大であろう。映画に映る情景や、語られた言葉のほとんどは、実際に記録として残っているものだと思われる。この映画は、核抑止や核開発よりも、今行われているAI開発の軍拡競争に関して強いメッセージ性があると思った。
8月8日 いけにえと雪のセツナ
日本から持ってきた任天堂SWITCH2には、「スマブラ」と「ぷよぷよ」が入っている。「スマブラ」は、毎週優一と朝4時半からオンライン対戦をするのに使っている。ネットワークが混み始めると、動作が極端に遅くなるということで、土曜日に朝、早起きしてプレイしているのである。「ぷよぷよ」は、毎日5〜10分くらい、頭の体操を兼ねてプレイしている。今や、老人ホームでもプレイされているらしく、将来老人ホームに入ったときに優勝するのが目的である。
今回、RPGゲーム「いけにえと雪のセツナ」をダウンロード購入して、少しずつ進めている。キャッチコピーは「とりもどそう。ボクたちのRPG」。要するに、40代位のオッサンがターゲットの、レトロ感のあるRPGということである。
プレイしていると、すんなりと世界に入ることが出来た。まだ始めたばかりだから分からないが、それほど規模の大きなゲームではないように思える。フィールドは雪景色のみで、あらゆる世界を旅する感じではないし、BGMは戦闘曲含めほぼピアノソロである。開発費は抑えられているが、丁寧に作られているように思える。そして、ちょっと切なげな世界観が、私好みである。
こちらも少しずつ進めていこうと思う。
8月2日 体調イマイチな週末
今週末は、どうも体調が良くない。喉に違和感があり、頭が痛い。風邪のひきはじめのような感じがする。よって、色々な予定を全てキャンセルして、基本的に家にいることにした。
せっかく時間が出来たので、映画「国宝」を観た。我が家のテレビは、使い方がよく分からず、基本的にNHK Worldしか観ていなかったのだが、色々いじっていると、Youtubeやらアマゾンプライムやらが観られることが分かった。「国宝」を視聴する手段として、アマゾンプライムに加入して毎月600円払うか、加入しないまま「国宝」を約3千円で購入するかの選択肢があった。迷ったが、3千円で購入することにした。アマゾンプライムに加入したところで、そんなに頻繁にテレビを観るとは思えない。
「国宝」は、前評判通り凄い迫力の映画であった。単に映像が素晴らしいだけではない。製作者たちの気迫のようなものが、画面から伝わってくる感じがする。一方で、事前に小説を読んでおいて良かったと思った。3時間近くの映画とはいえ、小説の内容を網羅することは到底できず、小説を読んでいないと話についていけかったかも知れないと思った。映画を観た上で、もう一度小説も読み返してみようと思った。
日曜日は、母とオンライン合奏練習、父とオンライン将棋対決をしたあとは、笛を吹いて過ごした。私は、笛を吹くのが好きである。座って吹くのが疲れたら、ベッドに寝っ転がって笛を吹く。それでも疲れたら、笛を放り出して寝る。しばらくしたら、今度は立って笛を吹く。そんな風に過ごしていたら、だいぶ体調は回復してきた。
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